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雲散霧消

大広間にはまだ津川さん夫妻と、さっきすれ違った女性がいた。勿論 美花さんもいる。


先ずは津川さんの所へ...って言っても、あの後 安藤さんを目撃した可能性は極めて低いだろう。


「すみません津川さん、今大丈夫ですか?」


奥さんに一礼しつつ、津川さんに尋ねた。


「おう、華凛ちゃん......もしかして、またなんかあったか?」


雰囲気から察したのだろう。話が早くて助かる。


「実は......」


私は事情を掻い摘んで話した。


「そうか...安藤が......俺も見てないが、見かけたら知らせるよ」


津川さんの表情が一段と厳しくなり、奥さんが心配そうな表情をする。


「すみません。よろしくお願いします」


私は一礼してその場を去り、401号室のプレートが載ったテーブルの方に向かう。


「いきなりすみません。少しお話良いですか?」


「ん?どうしたの?」


女性はきょとんとした表情をして言った。


「私、月代 華凛っていいます。こっちは姉の華澄。実は私達、今 人を探しているんです。黒のパーカーに、黒のジョガーパンツをはいた、髪がツンツンした20代の男性なんですけど、その人が今朝から行方不明みたいで...」


「えっ、行方不明って...こんな吹雪の時に?......うーん、確かにそういう格好の人は昨日見たんだけど、今日は見てないな。...あっ、私の名前は鮫嶋さめじま 美咲みさき、よろしくね月代さん」


鮫島さんが屈託の無い笑顔で微笑みかける。


「こちらこそよろしくお願いします!......ところで立ち入った事を聞いてしまうんですけど、鮫島さんも商店街の福引きか何かでこちらに......?」


「そんな感じかな。正確に言うとショッピングモールの福引きで当たったんだ...っていう事は月代さんも福引きで?」


「はい、そうなんです。姉が当ててくれました」


「へぇ~、そうなんだ。って事は月代さん達も2泊3日のペア宿泊チケットだよね。実は私もだったんだけど、彼氏と来るはずが、いきなりアイツ風邪で寝込んじゃって、当日にドタキャンされてさ。ほんと嫌になっちゃう」


鮫島さんが深いため息を吐く。


「それは災難でしたね...」


「まったくよ。......そういえばさ、今朝からスマホが圏外だし、旅館のWi-Fiも使えないんだけど月代さんも?」


「はい。Wi-Fiの不調の方は原因不明ですが、スマホの電波の方は、どうも基地局の方で問題があったみたいですね。でも大雪で遅れるとは思いますけど、もう復旧に動いていると思いますよ」


旅館の回線も切られている時点で、犯人がやったのは間違いないと思われるが、どの程度の規模で破壊したのかは分からない。もし大破しているのであれば、吹雪の影響を鑑みて一週間以上は外部と通信出来ないだろう。


とはいえ、その前に天気が回復するらしいから、連絡が取れる所まで行くなり、スキー場近くの温泉街にでも行って助けを求めれば良い。問題なのは、その点は犯人も分かっているという事だろう。


だが、少なくとも今の所は、安藤さんが行方不明で、尚且つ一週間位前に泊まっていたという堤さんの生首が出たというだけで、私達を皆殺しにしようという勢いまでは感じられない。


まあ、客室についているカメラ付きインターホンの存在が安全に大きく貢献しているという事もあるんだろうけど、事件が発覚するまでに時間がかかる山奥では、外部と連絡をとられない様にさえすれば、皆殺しの方が犯人にとってはリスクが少ないはずで、その為には警戒される前に手際よく事を進める必要があるだろうに、この事件では敢えて人に見せびらかして、周りの警戒を誘うような殺害方法を選んでいるような気がする。


つまり、この事件の犯人には、リスクを犯してでも成し遂げたい何かがあるという事なのだろう。


「そっかぁ...あ~あ、ほんとにツイてない。福引きで運使い切っちゃったのかな」


鮫島さんが再び溜め息を吐く。


この雰囲気だと、やはり まだ生首が発見された事までは知らないのだろう。後々分かるかもしれないが、今は取りあえず伏せておいて、時期が来てから教えてあげた方がパニックにならないかもしれない。


生首は今頃 雪にまた埋まっているだろうから、万が一玄関先に用事があって、多少違和感を覚えたとしても、まさか生首があるとまでは思わないだろう。


「それじゃあ鮫島さん、もし行方不明の方を見かける事があったら、私達か旅館の従業員の方に知らせて下さい」


「うん、わかった~」


落ち込みながらも、鮫島さんが手を振りつつ そう返事をする。


美花さんと目で挨拶して、私達は大広間を出て、エレベーターに向かう。


「やっぱり先ずは...」


「403号室の調査よね、華凛ちゃん」



エレベーターを降り、私達は403号室に向かう。

周辺には誰の気配もない。


お姉ちゃんと私は、こんな事もあろうかと持ってきておいたゴム手袋を着け、調査を開始した。


お姉ちゃんが客室に入るなり3Dスキャンで部屋を把握する。

部屋と認識される場所においてのみ有効――つまり、箱の中やクローゼットの中などは別個開けて調べる――なのだが、こうする事で3m以内の範囲になくても、手に取る様に室内の状況を分析出来るのだ。


考えてみると、最初に旅館に来た時に、お姉ちゃんも一緒に客室の探索なんてする必要はなかった気もするんだけど、その辺りはお姉ちゃんが私と一緒に実際に見て回りたかったんだろうなと思う。


「...浴室以外は特に気になる物はないんだけど、リビングにリュックサックが置いてあるね。クローゼットの中も調べつつ、取りあえずリビングに行こう」


私達は、和室の押し入れや洋室のクローゼットを調べたが特に何もなく、そのままリビングに置いてあったリュックの方へ向かった。


お姉ちゃんがリュックの中を調べる。


「やっぱり堤さんの髪の毛や血痕、細胞片がリュックの底に付着してる......あと、この部屋の玄関とリビングのドアノブに付いていた指紋と同じ指紋がリュックにも付いてるみたい」


...指紋は予想外だったけど、まあ、他はそんなとこだろうな......ん?それにしてもなんか涼しい感じがするな、この部屋。


リビングにある液晶パネルで設定温度を確認する......私達の部屋と同じか。


「お姉ちゃん、なんかこの部屋涼しく感じない?」


「そうね。室温も私達の部屋に比べると実際若干低いみたい」


なんとなく気になるな。


「次は浴室だっけ」


「ええ、行ってみましょう」


私達は洗面所に向かい、内風呂の曇りガラス扉を開ける。


「......ルミノール反応がある......でも血液のDNAは堤さんのものじゃないみたい」


...正直そんな予感はあった。そもそも不審な足跡が今の所 見つかっていないのだから、自然とそう考えざるを得ない。


それにしてもルミノール反応って凄いよな。微量な血液にも反応するから、完全に痕跡を消そうと思ったら、建物自体を建て替える必要があると聞いた事がある。


私達は念の為、テラスの方へ行き窓の辺りを調べた。


一応、ステンレス製で高さが1mちょいの落下防止用の手すりがついているのだが、そこにロープの様な太いものが擦れた様な痕跡は無かった、が――


「なんだろう。ほんの少しなんだけど、細い直線状の跡が、違う角度で3筋残ってる。あとは一部何かをぶつけた様な跡もあるよ」


外を見ても、見えるのは真っ白な雪ばかりで、視界が1mも確保出来ない。その上、さっきから風の音が物凄い。


「気になるね」


「ええ」


今日はずっとこんな天候らしいから、多分外に出て調べるのは無理だろう。日付が変わって、吹雪が静まった頃を見計らうしかないか......。


それにしてもマサさん、ショック受けるだろうな...。


「取りあえずここで調べられる事は調べたし次は......」


「303、304号室の人に話を聞きに行こうか」


私達は階段で3階に下り、まず303号室に向かった。


部屋の前までたどり着きチャイムを鳴らす。


「はっ、はい!どっ、どちら様ですか?」 


インターホンから声が聞こえる。


「あの、私達、402号室で泊まっている月代といいます。実は今403号室の方の行方が分からなくなっているらしくて、旅館のお手伝いで色々聞いて回ってるんです」


「えっ......行方が分からないって、もしかして雪山夜叉が...!?」


「雪山夜叉の事、ご存知なんですか?」


「は、はい。実は僕、民俗学の研究をしていて、この地方に伝わる伝説を調べに来たんです......そしたら、まさかあんな......!」


堤さんの生首の事を言っているのだろう。


「あの串刺しになった頭部の事は、どういう経緯で知ったんですか?」


「えっと、僕、結構朝が早くて、5時過ぎにラウンジに置いてある雑誌や先日の新聞をボーッと読んでたんです。それで...多分あれは旅館のオーナーさんかな?その人が玄関先に出て行ったので、積雪の状況を調べるんだなと思ってたら、ちょっとして悲鳴が聞こえて来たんで、僕もうビックリしちゃって腰が抜けちゃったんです。

でも、その時いつの間にか来ていた...大広間でも一緒だったお隣のお客さんと男性の従業員の方が心配して走って行きましてね。凄いなあって、僕ちょっと感動しちゃったんですけど、そのお隣さんと従業員さんが憔悴したオーナーさんに寄り添って館内に戻って来られた時に、何があったのか聞いたんです。......それで、まさかそんな事がって思って外に出てみたら......」


男性が言葉に詰まる。


「それは大変でしたね...えっと」


「かっ、笠井です。笠井かさい 世彰よしあき


「笠井さん、他にどなたかロビーで見かけたりしませんでしたか?」


「え、えーと...お隣さん達が外に出て行った辺りで、ご年配の夫婦がロビーの方に降りて来ましたね。

お隣さん達が外から戻って、そのまま従業員の方が慌てて階段を上って行って、僕がお隣さん達に何があったのか聞きに行った時に、ご年配の旦那さんが奥さんにロビーで待っているように言ってた気がします。

それで旦那さんも僕の後にあの......な、生首を見に行ってました...。

その後、どうも旦那さんが奥さんを部屋に帰したみたいでしたね。

暫くしてから貴方達がやって来たのも見ましたが、それから程なくしてお隣さんが階段の方へ向かったので、あっ、そういえば朝食がまだだったと思って、大広間の方へ行ったんですが...食欲が全然湧かなかったので食事はしませんでした。食欲が無かったのは お隣さんも同じだったみたいですけど」


「そうだったんですね...ところで、この旅館にお知り合いの方ってどなたかいらっしゃいますか?」


「えっと、全員とお会いしてる訳じゃないので分からないですけど、多分いないと思います」


「旅館に来てから、黒パーカーに黒のジョガーパンツで髪形がツンツンしている方を見た事はありますか?」


「あっ、そ、そういう方を昨日見た気がします。あれは確かラウンジでだったっけ」


まあ、階も違うし、安藤さんは部屋で食事をとってたみたいだから、目撃してたとしてもそんなものだろうな。


「ありがとうございました!何か気付いた事とかがあった時は、私達か旅館に知らせて下さい」


「はっ、はい...分かりました」



次は304号室だ。ドアノブには札がかかっている。私はチャイムを鳴らした。


「はい、どちら様でしょうか?」


「突然すみません。私達、402号室に泊まっている月代といいます。実は403号室の方の行方が分からなくなっていまして、旅館のお手伝いという事で誰か行方をご存知ないか聞いて回ってるんです」


「えっ、それは大変ですね!その方の特徴を教えていただけますか?」


私は先ほど笠井さんにしたのと同じように説明した。


「うーん、僕は見た事ないですね。お役に立てず申し訳ありません」


「いえ、そんな!...ところで、ここの旅館のオーナーさんの悲鳴が聞こえた時に、貴方と男性従業員の方が真っ先に駆けつけたというお話を伺ったのですが...」


「ええ事実です。あの時ちょうどロビーの方にエレベーターで下りたばかりの時だったのでビックリして、咄嗟に声がした外の方へ駆け出してしまったんです...。

男性従業員の方は、その時 階段で下りて来ていらっしゃったみたいで、私に続く形で一緒に外に向かいました」


男性は少し興奮気味に話す。


「それで、オーナーさんと寄り添って、ロビーの方へ戻られたとか」


「はい。その後は従業員の方が慌てて階段を上って行ったのを見て、私はといえば、事情を聞きに来られたお隣の304号室の方に状況を説明したものの、あまりの事に動揺してしまって暫くラウンジで呆然としていたのですが、そういえば朝食の時間だったなと気づいて、大広間の方に向かいました。

確かその時、お隣の方も僕と一緒に大広間の方へ向かったのですが、凄惨な光景を目にした為か、食欲が全然湧かなくて、朝食はとらない事にしたんです。それで、食欲が無かったのはお隣の方も同じだったみたいで、一緒にエレベーターに乗って部屋に戻りました。

この旅館に来てから今までも顔を合わせる事が何度かあったので、あの方とは なんかちょっとした知り合いみたいな感じなんですよね。一度もお話した事はないんですけど」


男性が楽しそうに話す。


「不思議なご縁もあるんですね......ところで早朝ロビーに行かれた時に、他にどなたかと会ったり、すれ違ったりみたいな事はありましたか?


男性は少し考えたあと


「私が外からロビーに戻って来た時にご年配の夫婦がいらっしゃったのと、大広間に行く前に月代さん達の姿をお見かけした位で、他の方とはお会いしてませんね」


「ご協力ありがとうございました!えーと......」


「あっ、申し遅れました。私は志島しじま 隼斗はやとと申します」


「ありがとうございます志島さん!もし何か気付いた事があったら、私達か旅館の方に知らせて下さい」


「分かりました必ず」


304号室を後にし、私達は事務室に行く為、エレベーターに向かう。


お姉ちゃんが何やら考えている。


「どうかした、お姉ちゃん?」


「ああ、うん。些細な事なんだけど...」


そう前置きした後


「私達が行った、403、303、304号室のドアノブに付いてた指紋の事を考えてたの。

303号室は多分部屋の掃除をした時に付いたと思われる美花さんの指紋だけがはっきり残ってて、304号室は大分前に付いたと思われる美花さんの指紋を微かに検出 出来たんだけど、他にはっきり分かる指紋は検出 出来なかった。

それで403は外側のノブに、この旅館内にいる誰か二人――多分、一人は雅志さんで、内側のノブには雅志さんを含めて3人の指紋がはっきり残ってるって感じだったの」


と、お姉ちゃんは続けた。


「403号室のもう一人の指紋は気になるけど、部屋に泊まってる人の指紋が付いてないのは......」


「うん、ドアが内開きだし、ノブの形状からして、肘で押して入ってたっていうだけの事だよね。実際、ドアノブに羽織の繊維が付着してたし」


因みに美花さんの指紋だけ、すぐに はっきりと分かったのは、美花さんが泣き崩れていた時に、お姉ちゃんが彼女の背中を擦った事で


1.本名を知っている


2.会話した事がある


3.触れた事がある


という3つの条件を満たした為、お姉ちゃんのデータベースに美花さんのデータが登録されたからだ。


「だよね。でも残念だったよね。ドアノブに付いてる皮脂や汗からDNAが分かれば、大体その部屋の人のものなんだろうから、色々役に立ったかもしれないのに」


「ええ、本当に」


そんな会話をしながら、エレベーターの前まで行くと、なにやら人の気配がした。どうやら喫煙室に誰かいるらしい。


気になって曇りガラスの扉を開いて見ると、壁に寄りかかって、煙草を吸いながらスマホをいじっている女性がいた。大分ケムい。


「うん?」


女性がこちらに気付く。


年齢は多分アラサーで、髪形はミディアムのウルフカット。身長は165cmちょっとという感じだろうか。


「この人が、昨日大浴場で鮫島さんと入れ違いに入って来た もう一人の女の人だよ」


お姉ちゃんがテレパシーで伝えてきた。


「ここは未成年者が来るとこじゃないぞー」


煙を吐きながら、スマホを見つめつつ彼女は言った。


「あっ、すみません...。あの、もしかして電波繋がってるんですか?」


私は女性のスマホに視線を向け言った。


「んー?ああ。今朝からずっと圏外だけど、今の内ファイルやらメモ帳の整理をしておこうと思ってね。君達も圏外なの?」


「はい、そうなんです」


「キャリアは?」


私とお姉ちゃんは同じキャリアで契約しているので、そのキャリア名を答えた。


「ああ~、Wi-Fiもネットに繋がらないし...って事はいよいよかー」


「意図的な通信障害...ですか?」


女性の瞳孔が拡がる。


「そうそう!君なかなか出来るね~。この吹雪だし、キャリア側で対応するにしても、まっ、こりゃあ、一週間位はかかるだろうな、あはは!」


何がツボか分かり難いが、連絡が取れないと得をする立場って事か。


「もしかしてお姉さん、締め切りに追われた作家さんとかですか?」


女性がピューッと口笛を吹く。


「君、良いね。気に入ったよ!私、宮田みやた 紬希ゆき。紬希って呼んで!」


紬希さんが自己紹介してくれたので、私達もそれぞれ自己紹介した。


「華凛ちゃんと華澄ちゃんか...良い名前だね。これからよろしく!.....あっ、そういえばさ、なんか403号室のお客さんが行方不明ってのは、さっき仲居さんから聞いたんだけど、それだけじゃない なんか違和感みたいなのも仲居さんの雰囲気から感じたんだよね。もしかして他にも何かあった?」


黙っていても、紬希さんには分かってしまいそうなので事情をある程度説明する。


「ひぇ~、そんな事になってんの?もう、完璧にミステリーの世界じゃん!」


そう言いつつも、紬希さんのテンションは何処か高い。


「紬希さんはいつもここで煙草を?」


「うん、まあね。ほらっ、客室が禁煙じゃん?だから近場のここに結構足繁く通っちゃうんだよね」


「昨日は最後何時位に来ました?」


「あ~、確か昨日は午後10時近くまで ここに来てて、そのあと自動販売機で酒買って飲んで酔っ払って、気持ち良くなって そのまま寝ちゃったから、それ位の時間だね」


「その間、誰か階段やエレベーターを使って上に上がったとか分かったりします?」


「ああ、うん分かるよ!この喫煙所の壁って結構薄いみたいでさ、エレベーターの音は普通に聞こえてるし、こうして部屋の階段側の壁に寄り掛かってると、階段の上り下りの音も聞こえるんだよね」


「それじゃあ夕食のあと、紬希さんが知る限りで何人位、階段を使って上に上がってました?」


「え~っと...私が大浴場に入る前に下りて来た人は一人いたけど、上がってる人はいなかったな」


「下りて来たのは多分私だと思う。大浴場に行く前に華凛ちゃんにお金を渡しにゲームコーナーに行った時、階段を使ったから」


お姉ちゃんがテレパシーで伝えて来た。


「あと、3階からエレベーターに乗って4階に行かれた方とかはいましたか?」


「うーん、私がここにいた時は一人もいなかったと思うな」


「ありがとうございました!犯人の狙いがまだ はっきりしてないので、一人で行動する時はどうか気を付けて下さい」


「おっけー、用心しておくよ。でも華凛ちゃん達もさ、ただ者じゃないのはなんとなく分かったけど気を付けなよ」


紬希さんが真剣な表情になる。


「はい、十分気を付けます!」


私達は軽く手を振って別れたあと、エレベーターで一階に降り、事務室へと向かった。


中には既に、マサさんと雅志さんがいたが、他にも美花さんや今まで見た事がない、身長は大体165cm位、五分刈りで板前さんが着る綿製の調理服を着た、少し気難しそうなおじいさんも来ていた。恐らく彼が源さんと呼ばれている、料理人の熊澤さんだろう。


つまり、今事務室には雪華楼の従業員全員が揃っているという事になる。


「どうだった?」


マサさんが不安そうな表情で尋ねてくる。


「行方を知っている人はいませんでした...あの、確認したい事があるんですけど、堤さんって403号室に泊まっていた訳ではありませんよね?」


「うん...えっとね、堤さんが泊まっていたのは303号室だったよ」


美花さんが答えてくれた。


「そうですか......だとすると恐らく安藤さんは誰かに殺害されていると思われます。勝手に入ってしまって申し訳ないとは思ったんですけど、403号室を調べたら、浴室でルミノール反応が出たんです」


「えっ?ル、ルミノール反応......?」


マサさん達がめちゃめちゃビックリしている。


「はい、実は姉がそういうのが好きでいつも持ち歩いてるんです。浴室を真っ暗にするのに苦労しましたけど」


能力の事は隠さないといけないから、どうしてもこういう感じになる。でも実は、こういう時の為に本当に持って来ていたりする。


「す、凄いんだね、華凛ちゃん達......」


鳩が豆鉄砲を食った様な顔で美花さんが言う。


「いえ。それでもう一つ。安藤さんのリュックの中身を見させてもらったんですけど、血の痕や髪の毛等が見つかりました」


「も、もしかしてそれって...?」


マサさんが恐る恐る尋ねる。


「ええ、恐らく堤さんの頭部が入れられていたんだと思います。それでこれも確認しておきたいんですけど、安藤さんの持ち物ってリュックだけでしたか?」


「うん、私がフロントで受付した時は間違いなくそうだった」


美花さんが答えてくれた。


「つまり、これらの事から総合的に考えると、堤さんを殺害した誰かが、安藤さんに罪を着せつつ彼を殺害した可能性が高いと思われます。その辺りは浴室の血液が誰のものかが分かればハッキリしますが」


マサさん達は酷くショックを受けている様子だった。美花さんも言っていたが、大切にしてきた旅館で殺人事件があったのだから、それも当然だ。


「でも、それなら安藤さんの遺体は一体何処に...?」


「それは吹雪が止むまでは分かりませんが、一応予測はしてます」


「......もしかして犯人は誰か分かっちゃってる?」


「いえ、流石に。ただその為にも皆さんの協力が必要なんです」


「それは勿論!...それでどうすれば良いかな?」


マサさんが快く応じてくれた。


...ん?あれは......


「すみません、あれって防犯カメラのモニターですか?」


私は事務室の奥にあった3台のモニターを手で指し示した。


「うん?ああ、そうだよ。一応無線で通信して映像をリアルタイムで映してはいるんだけど、特にチェックとかはしてないんだ...見てみるかい?」


「はい、お願いします」


モニターに映っているのは2階のゲームコーナーの半分以上と、3、4階の自動販売機から階段までだった。


「マサさん、これって過去の映像も見れますか?」


「うん、もちろん。どの時間帯の映像が見たい?」


「昨日の午後7時位でお願いします」


まだまだ勘の段階なのだが、気になる事があったので私は真剣に映像をチェックする。


映像にはゲームコーナではしゃいでる私が映っていてちょっと恥ずかしかったが、他にもエレベーターで恐らく大浴場に向かったと思われる鮫島さんや紬希さんの姿や、大広間からの帰りと思われる笠井さん、志島さん、津川夫妻がエレベーターから降りる姿、また雅志さんがカートに膳を載せて運ぶ姿――特に7時頃に空のカートを押して403号室の方の廊下へ向かい、5分程で膳をカートに載せてエレベーターへ押して行く姿――などが見られた...が、画角的にマサさんと私がゲームで対戦している所は映っていなかった。


また、紬希さんが何度か喫煙所に行っている姿もしっかり映っており、お姉ちゃんが階段を降りたタイミングで紬希さんが喫煙所にいた事や、午後9時58分にビールを買って部屋に戻って行く所も確認出来た...が、それ以降は今朝の午前5時にエレベーターに乗る笠井さんの姿が現れるまでは誰も映っていなかった。


この間、安藤さんは一度もカメラに映ってない。


「マサさん、これ凄く大事な映像なので、警察が来るまで、今確認した時間帯だけで良いので保存しておいて下さい」


「...?う、うん、分かったよ」


「あと、映像から考えると安藤さんを最後に目撃したのは雅志さんですよね?何か変わった事とかはありませんでしたか?」


「俺はあんまりお客さんと積極的に話すって訳じゃないんですけど、安藤さんとは特にそうだったんです.....なんかピリピリしてて、とてもじゃないけどそんな雰囲気じゃないっていうか......。

それで、ただでさえ そんな感じなのに、昨日は更に一層ピリピリして周りを警戒してるっていう感じでしたね......。」


雅志さんがその時の事を思い出して、腕を組みつつ少し俯く。


「それは昨夜の7時位の事ですか?」


「はい、そうです」


「安藤さんについて、お客さんに聞いた時の反応はどうでしたか?」


「302号室の宮田さんは全く心当たりが無いみたいだったんですけど、404号室の谷崎さんは聞いた瞬間に顔が青ざめたかと思ったら、"俺は何も知らない"って焦った調子で仰っていて、なにか変だなとは思いました」


それは確かにそういう反応になるのも、なんか頷けるな。


「あっ、そうだ!谷崎さんって言えば、昨日華凛ちゃん達が到着するより割と前...正午過ぎ位だったかな?谷崎さんが長い鞄を持って歩いてるのを、ロビーで見た気がしたんだよね。

今からどっかに行く予定でもあるのかなって、あんまり気にしてなかったんだけど...」


美花さんが興味深い事を教えてくれた。


「それは気になりますね...防犯カメラの映像を確認してみましょう。鞄を持ってエレベーターか階段を利用する谷崎さんの姿が、4階のカメラに映っているはずです」


私は再度、映像を確認する。


私達が到着した時間から遡って行くと、確かに谷崎さんは、少しそわそわしながら鞄を持ってエレベーターで降り、10分も経たない内に再び鞄を持って上がって来た。


鞄は釣竿が入る程ではないが、それなりに長く結構目立つ。


「何してたんだろうね、谷崎さん?」


美花さんが不思議そうな顔をしている。


「なんとなく分かるような分からないような......ところで、一週間前位にいらっしゃったお客さんの中で、滞在日数の割に大きな荷物を持った方とか、その時に何か変わった事とかはありませんでしたか?」


「あっ!うん!確か大きな荷物の人はいたよ!」


美花さんが突然思い出したように言った。


「2泊3日の滞在で、国内旅行のお客さんの割にはスーツケースとか色々持って来てたから、うちに泊まった後も何処かに行く予定なのかな、なんて思ったんだけど、その時は一日違いでもう一人荷物をちょっと多めに持ったお客さんも来てたから、余計に印象に残ったんだ」


「よかったら、その人達と堤さんのチェックインとチェックアウトの日付を教えてもらえませんか?」


「うん、もちろん!ちょっと待ってね~」


そう言って美花さんは宿泊者名簿を取って来た。


「えっとね、堤さんが今月の15日から17日の滞在で、チェックアウトする時に、友達と一緒に泊まりに来たいから部屋は空いてるかって聞かれたから、20日から4泊5日で予約を取ったんだ」


今日は22日だから、安藤さんは私達が到着した前日にチェックインした事になる。


「それで、スーツケースを持った男性のお客さん――多田ただ つとむさんは14日から16日までの滞在で403号室に、もう一人のちょっと荷物が多かった男性のお客さん――上川かみかわ はじめさんは15日から17日までの滞在で404号室に泊まってたよ。それと、17日は堤さんが何か慌ててたみたいで、朝食をとらないで予約だけとって早朝にチェックアウトしてたね。

さっき言った男性のお客さん達は、うちって朝ゆっくり出来る様にチェックアウトは正午になってるけど、どっちも正午にチェックアウトしてた」


「あっ、チェックアウトって正午だったんですね。チェックインの時間は決まってるんですか?」


初耳だったので確かめてみた。


「あれっ?言うの忘れてたっけ?あちゃ~。ごめん!チェックインの時間は決まってないよ。ただお部屋の掃除が終わってない時はお客さんに待ってもらうから、そういう時は結局午後2~3時位になる事が多いかな」


美花さんが申し訳なさそうに手を合わせて謝罪しつつ質問に答えてくれた。


「いえいえ!全然気にしないで下さい!ふふ、でも良いですね。朝ゆっくり出来るのって」


「ありがと~!うん!お客さんに結構喜んで貰えてるよ。まあ、登山で早めにチェックアウトするっていう人も結構いるけどね。この時期はそんな人いないし」


「そうですよね...ところで、今回泊まってる他のお客さんの滞在日数も、よかったら教えてもらえませんか」


「うん、華凛ちゃん達なら全然大丈夫だよ!じゃあ、3階からいこうか。えっとね、先ず301号室の津川さんは華凛ちゃん達と同じく21日から23日、302号室の宮田さんは18日から28日、303号室の笠井さんは19日から23日、304号室の志島さんは16日から23日までの滞在だよ」


そこで一旦、間をおいて美花さんが続ける。


「次は4階ね。先ず401号室の鮫島さんは、華凛ちゃん達と同じ21日から23日、402号室は華凛ちゃん達だから飛ばして、403号室の安藤さんは、さっき言った通り20日から24日、404号室の谷崎さんは安藤さんと同じ20日から24日までの滞在だよ」


「ありがとうございました!因みに多めに荷物を持った二人のお客さんの特徴とか何か覚えてませんか?」


「う~ん、そうだな...確かスーツケースの多田さんは、身長が180cm以上あったかな。髭に白髪が混じってたし、歳は結構とってる感じだったよ。ちょっと荷物多めの上川さんは20代位で、身長は180cm近くはあったんじゃないかな」


「お二人共、大広間で食事をとったんですか?」


「うん、そう!」


パズルのピースが、少しずつあるべき所にはまっていくのを感じる。


「...そうだ、確か1階に作業部屋がありますよね?見せてもらう事って出来ますか?」


「あっ、じゃあ僕が案内するよ」


マサさんが言った。


「なあ、お嬢ちゃん、もしかして多恵と知り合いじゃないか?」


熊澤さんが突然言った。


「はい、実はそうなんです!」


「おお、やっぱり!なんかそんな感じがしたんだ!多恵から聞いたよ。お嬢ちゃん達、前に事件を解決したんだってな!多恵の奴、凄く感謝してたぜ」


多恵さんが?なんか嬉しいな。


「ええええ!!なんか凄いなって思ってたら、本当に凄かったんだね!華凛ちゃん達!」


美花さんが驚いてる。雅志さんはポカンとしているが、マサさんの方はなんとなく予想していたみたいだ。


「あっ...ありがとうございます」


照れるが、お姉ちゃんに倣って、褒められたら素直に受け取る事にしてる。因みにお姉ちゃんは微笑みながら軽くお辞儀していた。


「多恵を守ってくれてありがとうな。アイツが自分の店を持ったら是非行ってやってくれ。お嬢ちゃんとの約束だって張り切ってたからよ」


胸がジーンとした。覚えていてくれたんだな多恵さん。

そんな私の様子を見てお姉ちゃんが嬉しそうに微笑む。


「良かったね、華凛ちゃん!」


「うん...!」


楽しみだな、多恵さんのお店の料理。


私達はマサさんに案内され、作業部屋へと向かった...

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