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残酷な化け物

作者: 小雨川蛙

 

 才に満ちた人物を『化け物』なんて表現した人は誰だろうか。

 ありふれた表現だけれど、それに相応しいと思う人に僕は先日出会った。


 僕は文章を書くの人より得意だった。

 だから人より才能もあると思っていた。


 だけど、その人は僕よりも才能に満ちていた。


「起きている時間。ずっと文章を書いているんだ」


 比喩だろう?

 僕はそう思ったが彼女は文字通り文章を書き続けていた。

 もちろん、それが可能な環境であったというのもあったけれど。

 だけど、睡眠時間の四時間と朝昼晩のそれぞれの食事に使う15分以外はずっと文章を書いているんだ。


 スマホのフリック入力をする。

 パソコンのキーボードを打つ。

 紙の上にペンを走らせる。


 指が止まったと思えば口を開いて小声で淡々と宙に文章を放る。


「本当はもっと書いていたいの。だけど、両親はそれを許してくれなくて。働かなくていい。だけど、自分の身体だけは大切にしなさいって。四時間は絶対に寝なさいって」


 働かなくていい環境で延々と文章を書き続ける。

 誰もが理想とすることだ。

 だけど、そんな環境で文章に向き合い続けられる人が何人居るというのだろう。


 いや、居るわけがない。

 僕は自分を誰よりも理解している。

 彼女と同じ環境に居たって僕の努力する時間は変わらない。

 いや、ひょっとしたら文章に向き合うこともしなくなるかもしれない。


 いずれにせよ、僕は自分が恥ずかしくなった。

 人より得意だと思っていたし、人よりずっと才能があったと思っていたし、何より自分の文章に対する向き合い方に自信もあった。

 きっと、無自覚に。


 だけど、僕が向き合う時間なんて最高に調子が良い時でさえ精々五時間程度だ。

 生活の関係もあるけれど、日々向き合う時間なんて一時間もない。


 当然のように二十時間も向き合う彼女を見て思う。


 才能は残酷だって。



 *



 才能は残酷だって思い始めたのはいつだろうか。

 端的に言って私には才能がなかった。


 仕事もせずに生きていける最高の環境が与えられたのに。

 延々と向き合うことが出来るほどに書くことが好きなのに。


「一日二十時間も!?」


 驚愕する彼の姿に腹が立つ。

 聞けばほとんど時間が取れないから毎日文章に向き合う時間なんて一時間もないと言う。

 最高に調子が良くても五時間程度。


 それなのに私は彼に実力ではまったく敵わない。

 時間をかけているだけだって実感してしまう。


 全くの無意味だと理解してしまう。

 自分の行動も、自分の才能も。


 もし、彼が私の環境に居たならば、なんて考えてしまう。

 だけど、この場所に居るのは私だ。


 そう思って私は前へ進む。

 それに。


 劣っているから何だって言うんだ。

 好きだから続けているだけだ。


 そう思い直して私は『好きなもの』を抱きしめる。

 目移りしないように。

 勘違いしないように。


 それで幸せなんだ。

 事実として。


 だけど、ふと思ってしまう。


 才能って残酷だって。



 *



 残酷な化け物は今日も人を喰う。

 折れない者を新たな化け物に変えながら。

常人では理解出来ないほど集中力が続く人も。

反対に短すぎる時間で前に進む人も。


どちらにしても才能は残酷だと思います。

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