第7話 野良狐。
学校が終わって靴箱を開けると薄いピンクの紙が目に入った。
予想外の事に少し困惑しながら、手にとって開けてみる。
「高坂さん」
突然、背後から声が聞こえて心臓がドクンと跳ねる。その声の主は、背伸びをして肩越しに手紙を覗いていた。息づかいが聞こえそうなほど近くて、死ぬほど心臓に悪い。
「綺咲さん、覗きは良くないと思うんだけど」
手紙を鞄にしまって、振り返りながら呆れたように言う。
「高坂さんがそれを言うの?」
彼女は上品な仕草で口元に手をあて、小さく笑う。さらっと痛い所を突いてくるもんだから、何も言い返せない。
「体育祭終わってからも忙しくなりそう」
内容もしっかり把握されているし、黙った私をからかうような声。
「ぜんぜん」
涼しい顔してる綺咲さんに即答してしまう。
「たくさん来たら大変じゃない?」
「来ないし、それはこっちのセリフ」
下駄箱を閉め、無愛想に返す。
「私は一度にたくさん来たら困るかな」
満更でも無さそうに答えるあたり流石としか言えない。
「それなら自分の心配しなよ」
無言で歩いていると、彼女は一歩下がった距離を保って歩いていた。
校門の前で立ち止まる。
「高坂さん、帰らないの?」
「迎えが来るから」
綺咲さんと喋ると、ぎこちなくて居心地が悪い。
「じゃあ、来るまで少し話そう」
思いもしない提案に一瞬、言葉が詰まる。
「いいけど」
「気になることがあるんだけど」
「なに」
「何故、高坂さんは目を合わせるとすぐに逸らすの?」
なぜ? なぜだろう。
割とどうでも良い事を聞いてくるから不思議でかなわない。
「しらない、逆にどうすれば正解なわけ?」
「うーん、手を振るとか」
「大して仲良くないのに?」
「そっか、それもそうだね」
長い睫毛を伏せながらまた小さく笑う。
何が面白いんだか。
「高坂さんいつも近寄り難いから、こうやって話してみてもやっぱり大きな野良狐みたいだなって」
多分失礼な事を言われているのに、その横顔が綺麗で見つめてしまう。
「綺咲さんも似たようなもんじゃないの。知らないけど」
私が野良狐なら、綺咲さんは――真っ白なヘビクイワシだ。
気高くて孤独な輪郭をした鳥。
どちらも群れに馴染んでいない。
けれど、一人で生きるには少し綺麗すぎる。
遠目で見ていても浮いているのが分かるし、無愛想な私よりも近寄り難いと思う。表情は読み取りにくく、表面上は笑っていても一定で、怖いくらいに安定しすぎている。
何度か人と話している所を見た事があるけど、言葉では表現できない違和感があった。
今は特に感じない。周りから見たらどうなんだろう。
「でも、私は高坂さんの取り繕わない感じが話しやすい」
これは、褒められてるの?
「ふーん」
分からなくて曖昧に返事をする。
「人と対等である事って難しいよね」
いきなり難しいこと言う綺咲さんは何処か遥か遠くを見て、笑ってるのに目が笑ってない。
またあの違和感が私を刺激する。
「まあ、お互いがそう思わないと難しいでしょ。人って同じ場所にいても違うところ見てるし」
横顔見ながら話してたら、一瞬驚いたような表情を見せた綺咲さんと目が合う。少し喋りすぎたと前に向き直ってバツが悪そうに言う。
「別に、自分が一緒にいたいって思う人といればいいんじゃないの」
「ふふっ、そうかもね」
これじゃ慰めてるみたいでなんか嫌だな。
「私も聞きたいことあるんだけど」
「うん?」
「飴、なんでくれたの?」
保健室の時は、わかる。でも、朝くれた飴は?
貰うようなことはしてないし、そんな仲でもないはず。
「高坂さん見るとあげたくなるから」
「だから、なんで」
「私にも分からない」
なんだ、ただの気まぐれか。ばかみたいに飴ひとつに深く考えて、ずっと疑問に思ってた。考えてみれば、綺咲さんよく分からない人間だし、理由なんてあってないようなものか。
綺咲さんに感じる違和感がいったい何なのか分かりそうで分からないから、むずむずしてどうにかなりそう。
「もしかして、飴すきじゃなかった?」
「いや、桃味はすきだけど」
そんな会話をぎこちなく続けていたら、それを断ち切るようにスマホが震えた。校門通りの少し先、威圧するように黒い高級車が停まっていた。
さっきまでは迎えを待ってたはずなのに、ぎこちなさが足を引っ張る感覚。でも、待たせてるから動かないといけない。
「じゃあ、迎えきたから」
彼女の顔も見ずに背中を向け一歩踏み出す。
――――グイッと手首を掴まれて振り返る。
「また話せる?」
どこか不安が入り交じったような視線からは逃れられず、手を振り払えないでいた。
感情の読めない表情で指先に力を入れてくるから、ドクドクと手首が圧迫される。
「……気が向いたらね」
そう告げると綺咲さんは微笑んで、手を離してくれた。
* * *
「おつかれさま」
車に乗り込むと、不機嫌な声の春。
「……うん?」
「綺麗な子だったね。よく見えなかったけど」
「ただの同級生」
「ふーん、そう」
ジトジトした目で見つめてくる春は、顔がムッとしていて分かりやすい。先程までの事が悪いことみたいに思えて、まだ感触が残る手首をなぞるように掴む。
「なんで笑うの」
「春が子供っぽいから」
「そうだけど、子供扱いしないで」
クスクスと笑ってると、そっぽを向く春。
固く一の字に閉じられた口を見ると開かせたくなってくる。
「してないよ」
彼女の耳元で運転手に聞こえないよう声を出す。
「春の――とかね」
手で耳を押さえ、勢いよく振り返った春。
「なっ! なにいって」
目が合った私は、にっこりと笑う。
「春、顔赤くなってる」
「ちがっ! これは、ひなたが変なこと言うからっ」
「変? 事実じゃない?」
「……なんか、ムカつく」
「私は、可愛い春みれたから満足」
「ばかひなた」
春の気持ちを知った今、こういう事はしないほうがいい。
分かっているけど、機嫌をとるならこれが手っ取り早い。
そっぽ向いた表情は見えないけど、髪から覗く耳先が真っ赤だ。少し丸くなった頬を指先でツンツンして、家に着くまでとらなくてもいい機嫌をとり続けた。




