第5話 高坂陽向と弟。
もやもやしたまま門を出るとルイが立っていた。
「なにしてるの」
「待ち伏せしてた」
その言葉を聞いて、朝見た春の顔が頭に浮かぶ。
後で連絡しないと。
「なんで?」
「応援団やるってきいたから」
面白いおもちゃを見つけたような表情で聞いてくる。
絶対これが聞きたかっただけだ。
やっぱり慣れない事は受けなきゃ良かった。
「はぁ、断れば良かった」
「え、まじでやるんだ。あの陽向が人前に出て大声出すとこ見れるんだ〜、良いね楽しみだねぇ」
全然良くないに決まっている。面白がって気持ち悪い表情をしているルイを、今すぐ誰か黙らせてほしい。
「ルイうざい」
最低な奴め、と思いっきり睨む。
「まあまあ、陽向いつも無愛想だけど、見た目だけは良いから隠れファン多いんだよねー。あ、見た目だけね」
ルイには、絶対言われたくない。
機嫌がいいとやたらと煽ってくるから、いつもの倍うざい。
「うるさいな、そうゆうのキャラじゃないし」
「そこがまたいいんだよ! わかってないなぁもう。んじゃ、私も応援団する陽向を応援しとくね〜」
言いたいこと言って満足した背中を見送り、スマホを取り出す。
『今学校終わって帰ってる』
『お疲れ様! 気をつけて帰ってね』
いつも返信の早さにびびる。
この報告に意味があるのか、謎だけど。
鞄にスマホをしまい、重たい足をとぼとぼと動かす。家に近づくにつれ、胃がキリキリと痛み、姿勢が丸くなる。
玄関の前に立ち、すって、はいて。重たい扉をあける。
「おねぇちゃんお帰りー!」
窓から見えていたのか、すぐに弟の陽が私に気づいて顔を出す。
「陽……ただいま。いないの?」
「うん、まだ帰ってきてないよ」
その言葉に、ホッとして家に入る。
いつものようにリビングは散らかり放題で、テーブル面積のほとんどが酒の空き缶。帰ってきたら、気絶するまで酒を飲んでることが手に取るようにわかる。
うわ、床にもなんか落ちてるし、汚いな。
フローリングのぽたぽたと乾いた跡を避けながら歩く。
「ちゃんとご飯食べてる?」
「うん!」
弟は可愛がられているから、私も安心して外に出られる。
けれど、自分が飲んだ酒の空き缶くらいは、捨ててほしい。
好奇心で陽が飲んだら困る。
陽がそんな子じゃないにしても、本当に呆れる。
「毎日お風呂はいってる? ちゃんと勉強もできてる?」
散らかった空き缶を片付けながら、ソファで寝そべっている陽に質問攻めする。
「だいじょーぶ。勉強も余裕だし、お風呂だって毎日入ってるもん」
「ほんと偉いね、陽は。他になんかして欲しいことは?」
あの人がいない間くらい、弟にできることをしたい。
「あ! おねぇちゃんが作ったオムライスが食べたい」
「じゃあ、たまには買い物一緒に行こっか」
「やったー」
ゲーム機を軽くソファに放り投げ、ばんざいして喜ぶ。
弟は、決して私に“家にいてほしい”なんて言わない、言えないんだと思う。私が家にいない方が誰も傷つかず平和な事を、幼いながらに理解しているから。
財布だけもって、部屋に行った弟に聞こえるよう声を出す。
「陽、行くよー」
「はーい」
「リュック?なんで持っていくの?」
「買ったものをつめこむためだよ?」
大きい瞳をきょとんとさせて見上げてくる姿にいじいじする。
「頭いいね」
「でしょ〜」
自慢のリュックを見せるようにくるくる回る。
「いこっか」
「うんっ」
私の手を取って歩き出す陽は、すごく笑顔で癒される。
こうやって出来るのもばぁちゃんのおかげだ。
お店を手伝った分だけ、それに見合うお小遣いをくれる。
そういうことを忘れてはいけない。
スーパーについて、野菜コーナーから順に回っていく。
「陽、玉ねぎとってこれる?」
「あいあいさ!」
「走っちゃだめだよ」
そんな感じで、一通り回って材料は揃った。最後はお菓子コーナー、ジュースが入っているからカゴが重たい。
やっぱり、カート使うべきだった。
「好きなの選んでおいで」
「はーい」
お菓子コーナーのド真ん中、座り込んで悩む弟の背中を眺める。
「高坂さん?」
商品が並べられている棚の端から、突然名前を呼ばれて声のする方へ向く。
でた、なんでまたこんなとこで……。
いったん視線を外して、無視しようかと考える。
だけど、もう割と近くまで寄ってきているのに、気づいていないふりは無理がある。
なんなら、手を伸ばせば届く距離。いや、もはや隣にいる。
こういう時、なんて言えばいいんだっけ。
「なに」
思ったより、低い声が出てしまった。なんか怒ってる人みたいになったかもしれない。他の同級生なら話しかけられることはないし、スルーできたのに。
それもこれも今日学校で、変な絡まれ方したからだ。
制服じゃない綺咲さんは、淡いフェミニン系のワンピースを着ていて、同い年とは思えないくらい大人っぽい。
「おつかいしてるの?」
「まあ、そんなとこ」
「そこでお菓子選んでる子は、高坂さんの弟さん?」
「うん」
「やっぱり、似てると思った」
当たり前じゃん、どっちも母親似なんだから。
目を離した隙に、容赦なく弟に近づく綺咲さん。
この状況はまずい。色々とボロが出ると非常にまずい。
もう既に何かを話し始めていて、急いで駆け寄る。
「陽くんっていうんだね」
「うん、おねぇちゃんのお友達は?」
「綺咲雪乃だよ」
弟に話しかける綺咲さんは、声がやけに優しくて変な感じ。
「ゆきの!」
お菓子を片手に大きい声を出す、弟の頭を鷲掴みにする。
「知らない人と喋っちゃ駄目だよ。あと、人を勝手に呼び捨てしない」
「高坂さん、私って知らない人なの?」
知ってるからって、この生活の輪郭に触れて欲しくない。
「いや、知らないわけじゃ」
「おねぇちゃんのお友達でしょ? 知らない人じゃないから大丈夫じゃーん」
友達じゃないのに。のん気に、コヤツは。
「そうだよね、陽くん」
二人は顔を見合わせ仲良さそうに、ねー。なんて言って首を傾けている。可愛い、けど。けど。
いつも澄ました顔して静かなイメージの綺咲さんが、今日はやたらとよく喋るし、絡んでくる。
「勝手に話を進めないでもらっていいですか、綺咲さん」
無理やり口角を上げてやんわりと言う。
このままだと二人がどんな会話をするのか予想がつかない。
「ゆきちゃんと友達!」
早くこの場を去りたいのに、無駄に愛想を振りまく弟が玉に瑕だ。
「あー、はいはい。お菓子選んだならもう行くよ」
「高坂さんまた学校でね。陽くんもまたね」
フリフリと手を触り合う二人を見て、少し申し訳なくなった。多分、綺咲さんの雰囲気が柔らかかったからだけど。
なんかどっと疲れた。早く帰ってご飯作ろう。




