第2.5話 灰色に紛れた孤独な狐。
始業式が終わった教室には、夏の残り香がまだ重く漂っていた。
周りの子達は嬉しそうに微笑んで、会話を楽しんでいる。
それを横目に見ながら私は窓際の席で、空に浮かぶ入道雲を見ていた。
ホームルームが終わり、先生が出ていくと誰かが私の名前を呼んだ。
「雪乃ちゃん、ちょっと話があるんだけど」
声の主の方へ向くと、よく話しかけてくれる隣のクラスの女の子。この子は明るく活発で、とにかく元気な子。
「どうしたの?」
「……ここではちょっと」
いつもの明るさはない。
彼女の表情でだいたいを察して、後ろをついていく。
俯きながら前を歩く女の子が足を止めたのは、
――反対校舎、階段の踊り場。
風の通りが悪く、少しひんやりとした空気。
白く霞んだ壁に反射する灰色の床が、静かに冷気を返していた。
振り返り、俯いたままの彼女。よく見ると手が震えていて、日焼けした顔は、色がよく分からなかった。人は緊張すると手が震えると言うけれど、私にはよく分からない感情。
「ご、ごめんね、少しだけ待ってほしい」
「うん」
大袈裟に何度か深呼吸した彼女は、決心したように顔を上げて声を出す。
「女の子同士とか変に思うかもしれないけど、私は雪乃ちゃんの事が好きですっ、だからその……恋人同士になってほしい、んだけど」
私は、こういう子を羨ましく思う。けれど、鬱陶しくもある。
「別に変とかは思わないけど、恋愛する気ないからごめんね」
――今、上の階段で微かに影が揺れた気がして、視線をちらっと向ける。けれど、彼女との話はまだ終わっていない。
「つ、付き合ってみれば、なにかわかるかもしれない……とは、思わない?」
羨ましく思うことはあっても、分かりたいとは思わない。
「そんなことしても、お互いつまらないでしょ」
面白くも楽しくもないのにただ、微笑んで。
笑えと言われて、笑うことが癖になっている。
たいていの人は、笑顔でいれば笑顔で返してくれる。
好きでも嫌いでもなく、無。
それが一番、楽であり、残酷。
次第に彼女の唇が震え、瞳が潤んで私は目を逸らした。
ここで何か声をかけても、それは無意味でしかない。
早足で遠くなる彼女の足音と、背中をぼんやりと見送り、階段を上がる。
さっき感じた視線は、刺すでも、面白がるでもなく。
ただ静かに息を潜めていた。
いつも眠たそうな表情なのに、どこか切なげな金の瞳で。
透き通った奥にある色の深みは、興味を惹かれる。
何も考えていなさそうなのに、
いつも注意深くその瞳で人を観察している。
それに、観察者を観察するなんて――。
そっと音を殺すように歩き、彼女の目の前で足を止める。
私が見間違えるはずもなく、そこには難しい顔をした狐がいた。
「――高坂さん、覗き見ですか?いい趣味してますね?」
声をかけずに通り過ぎてもよかったのに、
その瞳を見ると声をかけたくなってしまう。
狐のような金瞳が鋭く私を見た後、申し訳なさそうにそっぽを向くから、自然と笑みが溢れた気がした。
「まあ、いいんだけどね」
彼女の隣に、一人分だけ間を空けて座る。
ほんの少し風が動いて、木がさわさわと揺れる音がした。
狐は警戒しているようで、空気はぎこちない。
触れようとすると逃げてしまう。
あの日、私は不器用で純粋な優しさに触れてしまった。
それは、この胸の空白を少しは埋めてくれそうな気がして、話しかけずにはいられなかったように、金の瞳に映る自分をもう一度知りたいと思った。




