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CUTE AGGRESSION  作者: ありにあるく


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第12話 体育祭。


 十月十四日。


 ふわりと漂うお線香の香りが夢に混じり、意識が目覚めに向かおうとする。でも、まだ寝ていたくて緩やかに引き返す……その甘えを払うようにペシペシとお尻を叩かれる。


 今日は、物理的にこちらの世界におはよう。


「陽向おきなくていいのかい、今日は運動会だろう」


 優しいゆったりと落ち着いた声色に独特な喋り方。掛け布団にもぞもぞと顔埋めたまま、ぽやっと頭で考える。運動会って?


「んーん、運動会じゃなくて体育祭……」


 布団の冷たい所を足で探しながら、伸びをして、あっちの世界に沈んでいたい欲望を振り切る。


「ありゃ? それは失礼したね。お尻があまりにもちぃちゃいもんで、小学生かと思ったよ」


 ニヤニヤと片眉をあげて、失礼に失礼を重ねる私の祖母。


「こんなに大きい小学生いたら見てみたいよ」


 173cm中途半端な数字だけど、部活もしてなかったのにまだ身長は伸び続けている。


「んまぁ、お父さんの遺伝子は強いもんだねぇ。フホッホッホッ」


 それだけ言い残し一階へ、スススゥー……と消えていった。


「ばぁちゃんは笑い方の癖が強いよ」


 体を起こし、冷たいフローリングに足をつける。この瞬間が、一番朝を感じる。冬が来たらスリッパないと朝起きたくない。


 急いで支度を済ませて、滑るように階段を降りる。

 ここは祖母の家で、一階は居酒屋、二階が家になってる。


「ばぁちゃん気合いすごいね」

「嬉しくてつい、作りすぎちゃったねぇ。ホホホ」


 お店のカウンターには、結構な品数が丁寧にラップされて置かれていた。お弁当につめた残り物らしい。


 今までの行事は、ばぁちゃんに来なくていいと言っていた。

 けど、それにしても張り切りすぎじゃない?


「ほんと、スッゴイネ」

「まぁまぁ、晩御飯にしたらいいさ。陽向はこっち座って食べんさい」 


 ばぁちゃんは、カウンター席に座り手招きする。唖然としながらも朝食らしい、サラダにご飯と目玉焼きにウィンナー、それにカツオのたたきに、トンカツ……?


 ゲン担ぎ過多。ばぁちゃんありがとう。

 ありがとうだけど、これ、走れるかな。


「……いただきます」

「はいよ、少食なんだからしっかり食べて、元気いっぱい走りんさい」


 そんなこんなで、ばぁちゃんの重たーい愛をしっかり胃に受け止め、車で学校に向かう。進み出した車内は思ったより静かで、少し気まずい空気が流れている。


 表面上は周りと変わらない祖母と孫。

 実際は私を腫れ物のように扱う部分がまあ、あるわけで。

 何も言わない私が原因なんだけど。


 私は、母親の会話を避けている。

 避け続けた結果そういう類いの話は、何を話せばいいか分からなくなってしまった。


 ばぁちゃんもそれを察して聞いてこない。だから今は助かってるけど。知らなくていい事まで知れば母親の所に、お玉振り回して乗り込んで……想像するだけで恐ろしい。


 学校の行事なんて今まではどうでもいいと思っていた。

 でも最近考え方が変わってきている。


 中学最後の体育祭は、ばぁちゃんに来てほしいと思った。もし誘ってみて、来れないとか面倒くさいとか思ってたらどうしよう。そんなのばぁちゃんが思うわけ無い、そう分かっていても切り出すのは容易ではなかった。


 当然、こんなに喜んでくれるなんて知らなかったし、自分がこんなにも楽しみにするなんて思っていなかった。


 色んな事を思い出すとぐわぁっと色々な感情が込み上げてきて、窓の外を見る。溢れそうになるそれを、ぐっと噛み締め、堪える。


「ばぁちゃん、ありがとう」

「なぁに、ばぁちゃんは心底嬉しいよ。可愛い孫の晴れ舞台見れるんだから、お父さんの分も私が応援するから。こちらこそありがたいよ、元気に育ってくれてねぇ……自慢の孫だよ」


 色々あった、けれどいつも優しく愛情を込めて接してくれているのを理解している。その証拠に震えている声、厚い手のひらで包み込むようにガッチリと握ってくれる。


 そのしわくちゃな手が何よりも愛情を示していた。

 

 口ずさまれる演歌を聴きながら、久しぶりに感じる良い緊張とたくさんの嬉しさに胸が高鳴る。


 子供のうちに子供らしい感情を感じる大切さを知って、早く大人になりたいと背伸びをしているだけの、ガキんちょなんだと気付かされた十五の秋。



 ――学校につき開会式を終える。


 学ランに着替えて手袋をはめる。何度聞いても慣れない背中がムズムズとする応援団長の言葉を聞き、大声を出して腕を振りきった。それから、なんやかんやバタバタと競技が終わり、赤白対抗リレーが始まった。


 ワイワイと騒ぐ人達に囲まれ熱気が溢れている。耳をつんざくような大きな音に、放たれる火薬の匂い、よーいどんで舞う砂埃、聞き取りづらい係りのアナウンス。


 いかにもな、暑苦しい体育祭。


 リレーは割と接戦といった感じに、一位との差はあまり大きく開いていない。


「高坂さん、ふぁっ!ファイト~!」


 クラスメイトからの声援に。


「ひなだぁああ!がんばれぇええ」


 聞き慣れたルイの馬鹿でかい声は、必死すぎて思わず頬が緩む。


 そろそろ出番が回ってくる。髪を結び直し、軽くばぁちゃんを探しながら位置につく。まあ見つけられなかったけど、何処かで見ているのは確かで、朝から重たいもの食べて今日は調子が良い。


 汗だくで、お願いとバトンを渡され勢いよく地面を蹴り出す。あっという間に二人を抜かし、視界が良くなる。一人の背中から、グワッと、その肩に並ぶ。


 ゴールテープが引かれて無事駆け抜けた――のも束の間、視界が急に低くなる。すぐ後ろを走ってた人の足が、減速した私の足に絡まって二人でコケた。


 正確にはそのコケた勢いで前に押し出された私がそれはもう、ずしゃああと、派手に転げた。一位になったことの嬉しさより、転んだ痛さよりも、恥ずかしさが勝った私は、スンッと立ち上がる。


 バタバタと担任が走ってきて「大丈夫か、派手にいったなぁ! ガハハハ」なんて言ってる。なんで嬉しそうなんだ。


「別に、大丈夫です」


 すまし顔で体操服についた砂を払い淡々と告げた私に、いやぁ……と顔を歪めて、視線を右足に向ける担任。


「一応保健室に行ったほうがいいぞ、うん」


 担任は、おーい保健委員! と呼びかける。


「私が付き添います」


 背後から意外な声がして振り返ると、汗一つかいてない綺咲さんがそこにいた。


「おわぁっ、びっくりした! いつの間に、まあいいか。高坂を頼む」

「言われなくても連れていきます」


 先生に辛辣な綺咲さんは、私の右腕を自分の肩に回し、腰に手を添えて、これで歩ける? と首を傾げていた。


 いい匂いがして、予想外の状況に目を逸らす。


「いや、足捻ってないから歩けるよ」

「そう? こうするものかと思ったんだけど」


 そう言った綺咲さんの視線の先を辿ると、コケたもう一人がそうやって運ばれていた。捻ったんだ、可哀想に。


 綺咲さんの肩に回す必要のない腕を解いて歩き出す。


「とりあえず保健室の裏で洗い流すから」

「うん」


 保健室の裏について蛇口を捻り、やんわり冷たい水に触れながら、自分の右膝を見て確認する。


 靴下脱いで流したほうが良さそうだ。

 黙々と傷口を水にさらして洗っていく。


 保健室に寄っていた綺咲さんがタオルを手に戻ってきた。

 タオルを貰おうと片手を差し出す。


「拭きにくいでしょ、高坂さんはそのままでいいよ」


 返事をする間もなく、洗い場にもたれ掛かった私の前にそそくさと屈み込んで、くすぐったいくらい丁寧に優しく拭いてくれる。


 そう、丁寧に。


「……長い」

「長いね」


 脚を掴んでいた白い手が、膝から足首までスッーと骨をなぞる。


 真面目な顔して何してるの、この人。


「違う。そうじゃなくて、もう拭けたんなら靴下履きたいんだけど」

「あ、うん」


 変な綺咲さんを横目に、靴の中で丸くなっている靴下を取り出して、履き直す。顔が良い上に、手つきが厭らしくて変にドキドキしてしまった。


「私が絆創膏貼ってもいい?」

「いや……」


 自分で貼れる。そう言いかけて、屈んだままの綺咲さんと目が合う。貼りたそうにそれを持ってるから、勝手に口が「おねがい」と動く。


 慎重に絆創膏を貼る綺咲さんを見下ろす。今日の綺咲さんはポニーテールで白のハチマキがよく似合ってる。そんなことを思っていると、すぐに貼り終えた綺咲さんは私を見上げてから、腰をあげた。


「高坂さん動かないでね」


 突然、意図の読めない言葉を口にする綺咲さん。


 警戒していると顔に手を伸ばしてくる。

 当たり前に身を少し引いて、避ける。


「なに」

「砂がついてたから」


 背中を向けて蛇口を捻る。

 コケた上に顔に砂つけてたなんて、恥ずかしすぎる。


「とれた?」

「うん」


 ――遠くでアナウンスが流れ始める。途切れてよく聞こえないけど、多分お昼ご飯の案内。去年は、親と食べない人は教室で食べる人がちらほらいた。私も二年までは一人だったし、確か綺咲さんも教室で食べていた。


「付き添いありがと」

「保健委員だから」


 白くて細い指で手際よく貼られた絆創膏に目をやる。綺咲さんは保健委員だから当たり前の事をしただけ、それは分かってる。これは私の勝手な気まぐれだ。戻ろうとする彼女の背中に声を掛ける。


「綺咲さん」


 綺麗に高く結ばれたポニーテールが揺れて振り返る。


「なに?」

「ご飯、教室で食べるの?」

「そうだけど」


 一緒に食べよう。

 そう言えばいいのに息が詰まってうまく出てこない。


「……ばぁちゃんが弁当作りすぎて」


 唐突にでた意味不明な言葉に、綺咲の宇宙人でも見てるかのような目。手にじんわりと汗が滲む。自分の手首をぎゅっと掴んで口を開く。


「嫌じゃなかったら食べるの手伝ってほしい」


 別に手伝わなくていい、一緒に食べれたらなんでもいい。

 潔癖だったらどうするんだ。


 ばかみたいな誘いに綺咲さんが柔らかく笑う。


「いいよ、お弁当持ってくるから下駄箱で待ってて」

 

 緊張が溶けたように、ゆるゆるになる頬。

 いちいち彼女に反応する心臓がうるさくて、クラクラする。


 教室に戻る綺咲さんの髪は、楽しそうに揺れて見えた。



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