第10話 変化のない水槽。
薄明かりの中ぼんやりと柄のついた壁紙を見つめていたら、いつの間にか熟睡していた。手探りにスマホを見つけて、しょぼしょぼな目を開ける。
隣にあるはずの温もりは既になく、やらかしたと思いながら軽くシャワーを済ませ出かける支度をする。春は絶対マイペースな私を怒らない。それに甘えるのは私の悪いところだけど、なかなか直らない。
部屋に戻ると春がソファに座っていた。
「びっくりした」
「ここに座って見てたのに、気づかないから面白くて」
「全然分かんなかった、起こしてくれてよかったのに」
「凄く気持ちよさそうに寝てたから、アラーム切っておいたの」
久しぶりに二人で出かけるのを楽しみにしてた春を思い出して、申し訳ない気持ちがじわじわと押し寄せてくる。
「ごめん」
「切ったの私だから気にしないでいいよ。そろそろ行こっか」
車で街まで送ってもらい、適当に歩き始める。休日の街は人が多くて騒がしく、音のない場所が恋しくなる。
「ひなた、お腹空かない? 軽く何か食べようよ」
春の提案で、近くにあった雰囲気の良さそうなカフェを見つけて入ると、レトロな雰囲気とゆったりした音楽に包まれた。
見るからに空いてる席はなさそうだったけど、二階に案内され安心して階段を上がる。
「見て! 水槽におっきい魚がいる」
小声で、目を輝かせ興奮気味の春。純粋に子供らしい一面がダダ漏れで、微笑ましく既視感がある。
うーん、あれだ、戦隊ものを見た時の陽に似てる。
「春はこういう所好きそうだもんね」
言葉を聞かず水槽に向かった春から視線を外して、周りを見渡す。観葉植物が至る所に置いてあり、そこそこでかい水槽が中心に設置されていた。
笑顔で眺めてる春の隣に並んで水槽を見る。
一匹の大きい魚は狭い水槽の中で窮屈そうに泳いでいた。
水槽から目を逸らして、春に早く座ろうと急かす。
せっかくだからと水槽の近くに座った春。
その目は、まだ水槽に釘付けになっていた。
同じ場所にいても感じ方は違うし、見ている所も違う。
それでも、彼女はきっと喜んで私と狭い水槽に入ると思う。
水面が静かに揺れているのを見て、視線を春に戻す。
「魚眺めるのも良いけど、メニュー先に決めよう」
彼女の視界をメニュー表で遮る。
「あ、そうだった」
やっと我に返った彼女はメニューを手にとって、ぶつぶつと選んでいく。
「サンドイッチとミルクティーと苺パフェにする。ひなたは?」
「うーん、サンドイッチとアイスティー」
いつも通り同じ物を頼む。ベーコンチーズと野菜がたっぷりなサンドイッチは、小腹を満たすのに丁度良く、レタスは私と違ってシャキシャキだった。
春は生クリームたっぷりの苺パフェをぺろりと平らげて、満足そうに次は服を買いに行くと張り切っていた。
店の移動中、心做しかいつもより春が楽しそうに見えた。
「ねぇ、次これに着替えてみて」
そう言って渡された、ハイウエストタックパンツにボリューム袖のブラウス。入店して早々個室に案内され、次々と渡される服。唖然としながらも試着室で、春に聞こえないよう溜息をつく。
服を脱いで着るという事にそろそろ疲れてきた。試着室から顔だけ出して見ると、あっという間に服がズラリと並べられていた。
「まさかこれ全部買う気?」
どれも決してお手頃とは言えない値段だろうと困惑する。
「うん、何着ても似合うってずるいよね」
「春が着ればいいのに」
「私は、こういうストリート系とか似合わないから」
服に詳しいわけでも興味があるわけでもない私が、これ以上言うと楽しそうに選んでいる春の機嫌を捻じ曲げそうだ。
「そんなことより、今日は首輪を取りに来たの」
解せない顔をした私に平然と告げる春はカードで支払いを済ませこちらに寄ってくる。欲しくもない服を買い与えて、さらっと耳に引っかかる単語を言う。
……首輪?
「もん太の?」
サモエドのもん太は春の家のペットだ。驚いたように目を見開く春。その反応で、朝から感じていた気味の悪さが顔を出す。
「あはは、違うよ、ひなたの首輪に決まってるでしょ。荷物は車に運んでもらうようにしたから行こう」
何がおかしいのか、そして何が決まってるのか。
今日の春は強引な気がする。
「ほんとに?」
「ふふ」
軽い笑い声に、背筋がゾッとする。
今から鈴がついた首輪でも付けられるの?




