5 父さんにも見られたことないのに
遠くで呼び合うようにサイレンの音が近づいてきた。
ラキのために駆け付けた救急車が到着した。
運転席から、路上に横たわるラキと付き添っている女神を視認した救急隊員が足早に駆け寄ってきた。
三人の隊員が車内から出てきて近づいて来るのを女神は目撃した。全員三十歳までの男性だ。
「香坂さん、で間違いないでしょうか?」
「は、はい! わたしが通報者です。患者は兄の──」
女神は隊員の問いかけに直立し、「ご苦労様です!こちらです」と会釈をした。
ラキから距離を置きつつ、女神は救急隊員にラキの介抱を任せる。
隊員はラキの意識があるのを確認した。
そして本人から状況を聞き取るため、いくつか質問を開始する。
しかし、ラキは隊員の質問にすべて答えられずに女神を視線で探していた。
「妹さん? お兄さんは何時ごろから倒れていたのですか?」
「それが、わたしが発見したのは救急を呼ぶ少し前なんです。でも……」
「なにがあったんですか?……ラキさ~ん、身体を見させてもらいますねー」
隊員の一人が最初に名前や生年月日を本人に訪ね、病歴などを訊いた。それにはラキも答えたのだが。その後の質問に移ると答え切れないでいたため、妹の女神に向けて頻りに視線を移す。
肉親に救いを求めているのが明らかであった。
その様子を感じ取った隊員が女神に状況説明を求めながら、ラキに触診の承諾を取り付けていく。
「ラキさん、頭は痛くないですか? 熱を測らせてください。体温計を脇に入れますよ。……はい、気持ちを楽にしてー。軽く息を吐いて、吸ってみようか」
はあーすうーはあー。
二人目が熱を測るため、体温計をケースから取り出し電源を入れる。画面に「L」と表示されたのを確認するとラキに声を掛けながら、脇を開かせて挿入していく。
三人目は担架の準備などをしていた。
一人目の隊員が妹に詳しい状況の確認を迫る。女神は自分が発見した所からの状況をまず説明した。続いてラキから伝えられたことを「兄はこう言っていました」と説明した。
「炎天下の路上に数時間、横たわっていたことになる……ラキさん、喉や体の渇きは大丈夫ですか?」
ラキは女神からペットボトル一本分の水分補給をすでにしたと伝えた。
それでも隊長は脱水症を疑いつつ、経口補水液等を準備させた。
隊長は通報ですでに首から下の麻痺の報告を聞いていたため、ラキの脱衣をもう一人に指示した。
「ラキさん、まず神経系統が反応するか、全身に触れて行きますので下着姿になってもらいます。恥ずかしいかもしれないけど堪えてくださいね?」
夏の陽は長い。午後七時前。まだ陽は落ち切っていない。その場で出来得る措置は試みる。
隊員は華奢な体つきの美少年に配慮するように声を掛けた。
三人目の隊員がブルーシートで日差しを覆い隠すように立ってくれた。ラキは視界にそれが入ると安堵の表情を浮かべる。
ラキは首を縦に一度振り、素直に応じた。
救急車を頼んだのは自分だ。赤の他人の女神の前でも仕方がない。
隊員が上半身から順に軽く指で押したり揉んだりして、下半身を過ぎて足のつま先に到達したとき、隊員は指先に反応が返ってくるのを確認した。足の指先を自力で曲げたのだ。
「いま足の指先に反応がありましたね! ラキさん、なにか感じますか? くすぐったいですか? 痛いですか?」
そう問われて、ラキも感じた足先の感触に驚きを禁じ得ないようだ。
「はい。痛気持ちいいです」
「そうですか、身体の麻痺もおそらく一時的なものでしょう。麻痺というより冷えから来る硬直ですかね」
隊長に相談しつつ、確信に一歩ずつ近づくのを感じ取る隊員。
もう一度、上半身から隈なく押していく。
マッサージを幾度か繰り返してほぐしていくように。
「あ、そこ。あったかいです」
「これ、やっぱり冷えてますね。もう少し全身をマッサージしてからホットタオルで温めたほうがいいですね」
大量の発汗によって全身が冷えたのだ。
「もともと冷え性がある方は、真夏でもこうなるケースがあるんですよ」
「カリウム、鉄分、ビタミンも不足してますね。お兄さんは日常的に栄養失調気味でしょうか?」
言いながら隊員は女神を一瞥する。女神は苦笑いを浮かべていた。
処置をするために病院へ搬送することになった。
彼を担架で運び、車内に乗せた。病院に到着するまでマッサージで応急手当となる。
「妹さん、同乗してもらえますか? それとも親御さん来られそうですか?」
すると女神は「両親は共働きでまだ帰宅してないんで、わたしが行きます」と。
「血圧の低下と脱水症が診られます。身体はショック状態にあるようですので点滴をしましょうね。ラキさん、腕を消毒します。アレルギーはありましたか?」
「いいえ、大丈夫です」
「少し、チクっとしますよー」
車内では点滴の準備がなされて、ラキは栄養等を注入されながら救急病棟へ搬送されて行った。




