3 女神の兄
「もう! いつまでここで寝てる気なの? 車に轢かれてしんじゃっても知らないわよ!」
なにそれ。
女神はまるで家族であるかのような発言をラキに向けてきた。
というより、
「その……車に轢かれて死んじゃわないために……助けて欲しいのだが……」
ラキは我にかえった。
心臓は再鼓動を始めたのだ。
「なに言ってるのよ! 自分で起きなさいよ! 園児じゃないんだから。早く帰ってきてご飯を済ませてよ。お味噌汁の汁が蒸発するほど温め直させるつもり?」
流行りの恐顔というヤツだろうか。
女神がむくれる様に厳しい口調で攻め立ててきた。
ラキは訳がわからず、恐る恐る尋ね返した。
「もしかして、おたくの夕飯の話ですか?」
「……ッ?!」
あ、なんか更に奴の形相が女神から遠ざかっていく気がするのだが。
「とっとと身体を起こして家に入って下さい! どうして今日に限って屋上じゃなくて路上で星座を眺めてんのよ! 言いたくないけど、「陰キャぼっち」だからって少しは世間体を考えてくれないと……わたしが学校で恥を掻くんだから!」
は……?
こやつはいったい何を言っているのだ。
どうやら自分の家族の「誰かとぼくを」勘違いをしているようだ。
助けて欲しくて話を合わせていたが、誤解を解いた上で手を貸してもらおう。
ラキの思考が冷静な判断をつける。
「その……ぼくは、香坂ラキという「感情戦高校の二年の生徒」だが、君はどなたかな?」
ストレートに切り出したつもりだが。
奴はその後も女神なる者より遠ざかったままのむくれた面で。
「ああ、そう来ますか? 晩御飯抜きでいいのね? お兄ちゃん!」
「おっ? おっ? お兄ちゃん……ですか?」
はにゃ? この女神は出会い頭に妹だと主張しているのか。
全くもって意味不明だ。
髪型が坊主だから、その辺が自分の兄弟と被っていて錯覚を起こしているのに違いない。きっちりと解らせてやる。ラキは意気込む。
「ぼくが君のお兄ちゃん……なのですか? なんで、そうなったん?」
「なんでって、生みの親がおんなじだからに決まってんでしょ!」
流石にその説明は、ノーサンキューだ。
ちょっと、ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ!
「うあっ……ゲホゲホ」声が出てねぇ! 喉が乾き過ぎだ。もう死ぬ。
「の、のどが渇きすぎて死にそうだ! 水を飲ませてくれ。……んぐっ。身体が麻痺したように動かないんだよ! ……はぁ、はぁ。昼間……大雨が降っただろ? ……その頃からずっとここで倒れて……いたんだ。頼むから、話を聞いてくれないか」
ラキは必死に窮状を訴えた。かすれた声だが上手く届いただろうか。
女神は体の傍に来て、しゃがんだ。
ラキの身体に手を伸ばし、そっと胸の辺りや太ももなどに手を触れている。
「いくらなんでも、お兄ちゃんがここまでごねるのも変ね。でも今日、雨なんて降ってないけどね。それでどこが痛むの?」
「いや……痛まない。感じないんだ。首から下だ。……とにかく水を飲ませてくれませんか?」
奴は「もうしょうがないわね」といい、家に向かい、戻ってくると手にしていたペットボトル水を与えてくれた。
腕が動かせないと説明したのでゆっくりと口に流し込んでくれた。
なんだ、優しいじゃないか。
「あ、ありがとう。……女神様! ついでに救急搬送してくれ、お願いだ! お宅の晩飯など、ご馳走になってる場合じゃないんだわ! すまんな女神様」
「ええっ?! いったいどうしたの? ほんとに身体が冷たいわ! わかった今呼ぶから心配しないで。落ち着いてね!」
そうしてやっと救われた。
女神が妹? だったら「チートスキル」を授けて見せなさいっての。
でもきっと冗談だろな。言ったら言ったで逆ギレされそうで怖い。
というか何なのだろう……この少女は。




