1 雨と美少年
瞼を開く前、激しいシャワーを顔面に浴びているのを感じた。
しかしそれほど熱いシャワーではなかった。また夏に浴びる気持ちのいい冷水ですらない。これは浴びてさっぱりできる環境ではない。
なぜ、シャワーに打たれているのか見当もつかない。
ぼくは入浴派なので、がっつりと湯舟に浸かる本格趣向なのだ。故にどちらともつかないぬるま湯を浴びる趣味は持っていないのだ。
湯舟で寝落ちをして時間が過ぎた、というのならまだ理解できるが。
いつから、ここに居たのか。
残念ながらここは自宅の室内ではないようだ。どうも屋外に居るみたいだ。
ずっと空を見つめている。視線はそこにしか向けられない。
瞼が開かない、眼球が自在に稼働するかの確証も得られない状況だ。
それは長い時間のように感じられた。
耳元に届くジャリジャリとした不快な音が不安を煽ってくる。
このジャリジャリ、靴と地面の間に細かい石が挟まると生じる極小さな音だ。
まだ目を開けられないが体に掛かる重力でそのように感じ取っている。
これは人の足。行き交う足音がせわしなく耳元を過ぎてゆくのだ。
「……なにが……あったんだ……?」意識がはっきりと戻りつつある。
どこかに身体ごと投げ出されている。いったい誰の仕業だ。いや、そんなことより全身は神経が全滅したように脳の指令を受け付けてくれない。磔にあったように身動きは出来ず次第になにも感じなくなっていた。まさか、首から下がすでになかったりしないだろうな。
「……いつもの、あいつらだろうか?」
そう思うのも束の間。「いや……」すぐに否定した。いつも自分のことを馬鹿にして見下してくる質の悪い連中がいる。しかし傷害事件などを起こせばすぐに逮捕されて人生を棒に振ってしまうハラスメントに敏感な時代だから「それはないか」と否定したのだ。
先ほどから顔面に降り注いでくる奇妙なシャワーが瞼を開くことを許さない。
「……もう、許して……くれ……」そう叫びたい気持ちが胸の奥から嫌というほど込み上げている。
しかし思いのままに今この口を開いて発声すれば、顔面に削岩機のごとくに打ち付けている水の飛礫が口内になだれ込むのは目に見えている。その結論が最悪で、水圧で舌根が喉に詰まり、窒息死を連想させるゆえに心が震えるも歯を食いしばり耐えている。ほっそりとして軟弱なぼくは食が細いため、よくゆで卵やカステラを喉に詰まらせたものだ。「あれは死ぬほど苦しい──」。
何らかの恨みを買い、あっさりと絞殺される方がずっとましだよ。
ああ。
「……ぼくは……なぜ、このように弱虫なのか……」
いつも孤独で寂しい想いを隠して存在している。十七年間、呼吸をするだけの生命体。生まれてごめんのぼっち高校生。香坂ラキ。
きっと考え事でもしながら歩いていたんだ。ゲームのように魔法にでも目覚めて強くなれないか。そんなことを空想してばかり。
「誰にも打ち明けてはいないけど──」弱者が偶に思い描くデスドリームさ。
自分の不注意で交通事故にでも巻き込まれたのだとしたら。
ぼくはどこに居るのだろう。
どうして誰も救い出してくれないのだろう。
この感覚は夢を見ているわけではない。現実のことだ。
身体のことは知らぬが、屋外に投げ出されているのなら顔面を打ち付ける激しいシャワーの正体は雨という結論になる。




