8 婚約者、ターゲットを手玉に取る
アレックスはその後、宣言通り全力でハワードを誘惑した。
ギリギリはしたないと思われない程度のボディータッチや、きゅるんとした上目遣いなど、隣国の男爵令嬢の真似なのだろうテクニックを駆使してハワードをメロメロにした。
リィンはハワードに絡まれなくなったことで、うっとうしさからのイライラは治まっていた。だがしかし――
昨日も、今日も、おそらく明日も。アレックスの隣にはハワードが陣取り、人目も憚らずイチャイチャしているわけで。
「……やっぱりハワード様が憎いわ……!」
強がって我慢していたリィンもついに限界を迎えた。
アレックスは自分の婚約者なのに。本当はリィンこそが、学園でアレックスとイチャイチャしたかったのに。
アレックスの隣でデレデレとゆるんだ顔をしているハワードを呪いたくなった。
そもそもこいつのせいでリィンはつきまといの被害を受けたのに、なぜ最愛の婚約者まで奪われなければならないのか!
「やっぱりやせ我慢してたのね……」
「リィンも割と独占欲強いですものねぇ」
放課後の中庭。リィンたちは三人でお茶をしていたのだが、彼女らのすぐ近くでアレックスとハワードたちご一行がキャッキャウフフと談笑しているところに出くわしたのだ。
カミラとシンディーに呆れた目で見られても、リィンの愚痴は止まらない。
「あんな可愛い姿のアレックスなんて貴重なのに! 隣にいるのが私じゃなくてハワード様だなんて!」
「いや、普通の男性は女装とかしないから」
とにかく落ち着けとカミラがリィンに紅茶のおかわりを注いだ。
「アレックスさんだって、ハワード様に言い寄られても苦痛でしかないでしょうよ」
「そうそう。リィンのためにやってるんでしょう?」
「うう~~っ! そうなのよ! だからやめてって言えなくてこんなにイライラしてるんじゃないっ!!」
二人に言われなくてもリィンは分かっていた。アレックスが望んでやっていることでもなく、むしろハワードといちゃつくことが苦痛であることは。
それでも、嫉妬心とは抑えられないものなのである。
「ああ……自分の心の狭さが嫌になる……。今の私はとんでもなく醜い心の持ち主だわ」
「もう少しで終わるんだから我慢しなさいな。それに、ハワード様のざまぁ企画なんでしょ、これ」
「そ、そうだったわ……」
リィンは反省した。そう、これはハワードを陥れるための作戦だったのだ。
嫉妬のせいですっかり頭から抜け落ちていたリィンは、心の中でちょっとだけハワードに謝った。
(ごめんなさい。これからあなたには、ちょっとしたざまぁが待っているのに……)
心を落ち着けて、あらためてハワードご一行とアレックスに目を向ける。
頬を赤らめて幸せそうにアレックスを見つめるハワード。
いつもちょっとしたお菓子や花などをアレックスに贈っている。半分はリィンのお腹に入っているわけだが。
じっと彼らを観察していると、ふとリィンは気付いた。
(ハワード様といつも一緒にいる二人って、今の状況に何も思わないのかしら? 第三王子の側近候補なんだから、無能ってわけじゃないと思うんだけど……)
側近候補たちがハワードの評判が落ちていることに気付いているのかいないのか、リィンはこれまで意識していなかったイアンとヘイゼルに興味を引かれた。