4 婚約者、一般常識を破壊する
アレックスに魔術通話でハワードについての相談をした五日後。大荷物とともにアレックスがカルナッタ邸へ押しかけて来た。幼い頃からお互いの家を行き来していたので、彼の部屋もカルナッタ邸には用意してある。
「リィン! 不安にさせてすまなかった! 今日から俺がずっと一緒にいるからな!」
顔を合わせたとたん、ギューッと抱き締められ、リィンは驚いて硬直した。
「アレックス!? え!? 近々会いに来るって言ってくれたけど、早くない!?」
隣国の王都からこのカルナッタ邸まで、馬車でおよそ三日以上はかかるはず。準備やなんやかやで会えるのは早くても一週間後だろうと予想していたリィンは、早すぎるアレックスの到着に心底ビックリした。
「これでも遅いくらいだ! 俺のリィンに悪い虫がついてるっていうじゃないか! 即潰さないと!」
「えっと、潰さなくていいのよ。追い払ってもらえればそれで……」
「俺は恋敵には容赦しないタイプだ。潰す」
「恋敵なんかじゃないわよ、あんなの。ただの鬱陶しい虫なんだから、払いのけるだけでいいの。ちょっと牽制してくれるだけでいいのよ? わ、私が愛してるのは、アレックスだけなんだから……」
「リィン……!!」
バカップルの会話を、それまでじっと黙ってきいていたリィンの父、ガレフがぶった切った。
「あ~二人とも! いくらお互い思い合ってるとはいえ、節度をな! 節度を大事にな!」
可愛い娘が親などそっちのけで婚約者に夢中なことに、ガレフは拗ねていた。
アレックスのことは小さい頃から見守ってきたので、息子のような気持ちを持っているが、それとこれとは別問題。誰であろうと娘を奪い去る者は、男親にとっての敵なのだった。
リィンとアレックスはガレフをなだめ、三人で仲良くお茶をした後、場所を移した。今後について話し合うためだ。
リィンとしては、アレックスに学園へ見学に来てもらって、二人の仲をハワードに見せつければいいと思っていたのだが、アレックスはその提案に首を振った。
「しつこい虫には、もっと根本的な排除が必要だ」
「でも、他に方法があるの?」
リィンが聞くと、アレックスはニヤリと笑みを浮かべた。
「許可を取ってきた。俺はこれから、リィンと同じ学園に留学する」
「えっ! もうすぐ卒業なのに!? ……よく許可が取れたわね」
「オリバーに協力してもらった。ヤツに借りを作ったが、まあ仕方ない」
「オリバー様を巻き込んだの!?」
オリバー・ハルヒッシュは隣国の第二王子だ。アレックスとは幼馴染で仲が良い。リィンも数回会ったことがある。銀髪にアメジストの瞳をした、非常に美形な王子様だ。
金髪に翡翠の瞳のアレックスと並ぶと、とても絵になるのだが、リィンにとって輝いて見えるのはアレックスだけだった。それはさておき。
「これから卒業まで、俺がそばにいるからな! リィンは安心していいぞ!」
「嬉しいわ、アレックス!」
卒業まで一緒にいてくれるというアレックスの言葉に、リィンは感激した。
いろいろな調整も難しかっただろうに、それでもリィンを守ろうとしてくれたことが嬉しかった。
ところが――
★ ★ ★
「あ……アレックス? そ、その格好は……なに……?」
フリルにリボン、繊細なレースをふんだんに使用した淡いグリーンのドレス。上品で可愛らしいそのドレスに身を包んでいたのは、まごうことなきアレックス。ブロンドのウィッグはゆるくカールがかけられており、化粧もばっちり。
お人形のような美少女が微笑んでいた。
「ど~お? 可愛いでしょう? あたし、完璧な美少女じゃない?」
口調までガラリと変えたアレックスは、裏声までも可愛らしかった。
「いや、可愛いけど! ものすご~く可愛いけど! 一体全体、何をやってるの!?」
留学初日。アレックスを部屋に迎えに行ったリィンは、思考を放棄しかけた。
愛する婚約者がいきなり女装していれば、誰だって現実逃避するだろう。
「あたしね、悪い虫を一切リィンに近づけたくないの! だから、決めたわ。リィンへの興味を根こそぎあたしに移すのよ!」
「はああああっ!?」
「全力でハワードを誘惑するわっ!」
「えええええっ!?」
超絶美少女アレックスの誕生だった。
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