2 学園の問題児たち
リィン・カルナッタはドルトース王国の伯爵令嬢だ。
家は代々商売に力を入れており、成功している。まあぶっちゃけてしまえば、けっこうなお金持ちというわけだ。栗色の髪に琥珀の瞳。華やかな美人というわけではないが、顔立ちは可愛らしく、笑うとえくぼができるのがチャームポイントだと本人は思っている。
リィンには隣国ハルヒッシュ王国に嫁いだ叔母がおり、その息子がアレックス・アディソン。
アディソン侯爵家の令息である。
彼らはいとこ同士という関係なのだが、幼い頃から交流があり、仲が良かったという理由で婚約者となった。
そう。リィンの婚約者アレックスは、れっきとした男性である。男性、なのだが……。
「リィン、どうしたの? 疲れた顔してるじゃない」
小首を傾げてじっとこちらを見つめてくるこの愛らしさは、果たして本当に男性なのかとリィンは常々疑問を感じている。
「アレックスって本当に可愛いわよね……」
「やぁだ~! 確かにあたしは最強に可愛いけど~リィンだってとっても可愛いわよ!」
「そっ、そう!? ……あ、ありがと」
「も~リィンったら照れちゃって~! 可愛いっ!」
そんなリィンたちのバカップルな会話を呆れた様子で見ていたカミラとシンディーが、口をはさんできた。
「ちょっとアレックスさん! あなた卒業までこんなこと続けるつもりなの!?」
「いくらリィンのためだからって、さすがにどうかと思うわよ」
そう。アレックスの女装は別に彼の趣味というわけじゃない。
理由があっての女装なわけだが……その原因はリィンにあるのだった。
★ ★ ★
二年前。彼らの通う学園では、ちょっとした問題が起きていた。
第三王子のハワードとその側近候補のイアン、ヘイゼルによる女子生徒へのつきまといだ。
実はハワードはこれまで、同年代の女性との接触を最低限に制限されていたそうだ。
なぜかと言えば、王妃のワガママ。
末っ子のハワードを可愛がるあまり、婚約者も作らせず、同年代の女の子との接触も許さなかったとか。……実に可哀想な王子様だと、噂を聞いた誰もが彼に同情していた。
そんな彼が学園に入学すると、王妃のワガママが実にとんでもない被害をもたらしたのだった。
「君! 名はなんと言うんだい? とても可愛いね! これから一緒にお茶でもどうかな?」
王妃の目の届かない学園で、ハワードは抑圧されていた己の欲望を開花させた。美人を見ると、見境なしに声をかけ始めたのだ。
声をかけられた女性たちは、最初は喜び、実に楽しそうにお相手をしていたのだが、ハワードがあまりにも次から次に女の子をとっかえひっかえするので、次第に誰もが彼と距離を置き始めた。
ハワードは女性との交流経験が皆無だったため、自分の態度の何が悪かったのかいまひとつ理解していなかった。そして、自分から次々に女の子が離れていくのは、それが運命の相手ではなかったからだと思い込んでしまったのだった。
ハワードの唯一褒められる点といえば、女性に対して常に丁寧に優しく接すること。
……ただし、ハワードは非常に鬱陶しく、ターゲットになった女性はハワードから逃げるまでに気力、体力、時間を削られることになる。
「今日は用事があるのかい? それでは仕方ないね。では、明日は? 明後日は? 三日後は?」
とか、空気を読まずにグイグイこられるのだ。断り文句を考える女性は必死である。
彼女らの祖父母や叔父や叔母は常に危篤状態になっていた。……話の中で。
普通、嘘だと分かるし、分かったうえで嫌がられていることを察してフェードアウトするのが正しい紳士の振る舞いであるわけだが、そこは天然のハワード。
「最近、国民の健康が危ぶまれているようだ……。父に相談した方がいいかもしれない」
などと、人間の性善説を信じていた。絶対に外交などを任せられない王族だ。
ハワードご一行の迷惑行為については、学園の教師たちにも苦情が届いていたのだが、権力を振りかざして無理強いしているわけでもなく、ただひたすら鬱陶しくつきまとっているだけなので対処が難しかった。
やんわりと注意しても、見聞を広めるために多くの生徒と交流を深めているのだと言われれば、ほどほどにしなさいとしか言いようがない。
女生徒たちは、なるべくハワードたちと距離を置いて関わらないようにしていたのだが――ついに、リィンがターゲットとなってしまったのだった。