17 男装女子の過去
「……まさか、アレックス嬢が男性だったとは……」
これまでの経緯を聞いて呆然と呟くヘイゼルに、リィンが優しく語りかけた。
「驚かせてしまって申し訳ありませんでした、ヘイゼルさん。アレックスは私の婚約者なのです」
「騙していてすまなかったが、俺はどうしてもリィンからハワードを取り除きたかったんだ」
二人に謝られたヘイゼルは、苦笑した。
「謝らないでください。もとはと言えば、ハワード様が元凶です。こちらこそ、主を諫めることができずにご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
深く頭を下げるヘイゼルの肩をオリバーがちゃっかりと抱いた。
「顔を上げてくれ、ヘイゼル。君を悲しませたいわけじゃないんだ。ハワード殿には、その、少しだけざまぁな目に合ってもらうが、それは彼を陥れるためじゃなく……」
「……分かっています。ハワード様の将来を案じてのことですよね」
ヘイゼルは三人を順番に見回すと、キュッと膝の上で拳を握った。
「……少しだけ、私の過去をお話してもよろしいでしょうか。ハワード様がなぜあのような性格になったのか、皆さんに知ってもらいたいのです」
そう言うと、ヘイゼルは語り始めた。遠く、幼い日のことを――
★ ★ ★
あれは、本格的な夏になる少し前のこと。五歳になったばかりのヘイゼルは、お気に入りのワンピースを着て馬車に揺られていた。
行き先は王宮。父の忘れ物を届けに行くという母親に、わがままを言ってついてきたのだ。
絶対に母の傍から離れないという約束をしていたのだが、そこは五歳児。
普段見ることのない王宮の内部をキョロキョロ眺めるうちに、うっかり母とはぐれてしまった。
「……ここ、どこ? かあさまぁ~……」
五歳児には広すぎる庭園に迷い込み、座り込んで泣きだしてしまったヘイゼル。そこへ、幼い声がかけられた。
「きみ、だぁれ?」
ヘイゼルが驚いて立ち上がると、そこにいたのは可愛らしい少年だった。
「あ、あの……あたし、かぁさまがいなくなっちゃって、それで……」
「おかあさまをさがしているの?」
こくりと頷いたヘイゼルの手を取ると、少年はゆっくりと歩き出した。
「ここはね、おうぞくしかはいっちゃいけないおにわなんだって。だから、おそとにつれていってあげる! いっしょにおかあさまもさがしてあげるよ!」
「あ、ありがとう!」
少年の心強い言葉に、さきほどまでの恐怖を忘れたヘイゼルはとびきりの笑顔でお礼を言った。
★ ★ ★
「え? なんだかそれって、初恋のエピソードのような……」
「ハワードとの馴れ初めってこと?」
「そ、そんなっ! 君はハワード殿のことが好きだったのかっ!?」
リィン、アレックス、オリバーの言葉を、ヘイゼルが慌てて否定する。
「ち、違います! 確かに、ハワード様との出会いの話ですが、問題はこの後に起こったのです」
「というと?」
「この後、すぐに母と合流できまして、ハワード様にはお礼を言って別れたのですが……。その、どうやらハワード様は、その時の私に、その、好意を持ったらしくて……」
ハワードはどうやら王妃に好きな子ができたと言ってしまったらしい。
そうしたら王妃、大激怒。どこのどいつだと相当荒れたらしい。
そんな噂を聞いてしまったオルセン家の一同は、やばいことになったと青ざめ、絶対にヘイゼルだったとばれないように策を講じたわけである。
幸い、名前も家名も名乗っていなかったので、王宮からの調査は逃れることができた。
後の問題はハワードだ。彼がこの子だと言ってしまえば、オルセン家が危ない。
両親は泣きながらヘイゼルに男装するよう求め、ヘイゼルもまた自分のせいで家に迷惑をかけたことを詫びた。
こうして、男装女子ヘイゼルが誕生したわけである。
「なんて気の毒な話なの! ヘイゼルさんは何も悪くないのに!!」
「……ハワードも悪いわけじゃないよなぁ」
「どう考えても王妃が大問題だろ」
ヘイゼルはほぅ、とため息をつきながら遠い目をした。
「……王妃も、悪い方ではないのです。あの頃は王が側妃を、王子たちはご自身の婚約者ばかりを優先し、王妃は放置されておりました。おそらく独りで過ごされるうちに、お心を病まれてしまったのではないかと……」
「ああ、そういえば一時期王と王妃が別居していたことがありましたね。そのころの出来事だったのですか?」
リィンの質問に、頷くヘイゼル。
「幸い、王妃が離宮に出ていかれてすぐに王が謝罪して、関係は修復されたのですが……。それでもトラウマとなってしまったのでしょう。王妃はハワード様にだけは、女性を近づけることを禁じました。王や王子は反対したかったようですが、自分たちの過失を考えると強く言うことができなかったようです」
「うわぁ……。なんていうか、完全な悪人がいないですね。王妃も気の毒だし、かといって王や王子たちも悪気があったわけじゃないし……」
「いろいろ、タイミングが悪かったのだと思います。側妃の輿入れと第一、第二王子の婚約者選定を同時にしなければよかったんですけどね」
「そう考えると、ハワード様がだいぶお気の毒に思えてきました……」
少し前まではハワードに対してマイナスの感情しか持たなかったリィンだが、さすがに同情を覚えた。
完全に親のやらかしのせいで貧乏くじを引かされている。
リィンとヘイゼルがそろってため息をついたところで、オリバーがそっとヘイゼルの手を握った。
「あ、あの?」
「……君とハワード殿の事情はだいたい分かった。それについては、これからどうするのが最善か考えよう。しかし、君にはもう一つ考えてもらわなければならないことがある」
「な、何をでしょうか?」
「とぼけないでもらおう! 私は君に告白した! 君には、私との未来を検討してもらいたい!」
「えっ! だって、それは、その、えっと……」
「やはりうやむやにするつもりだったな! そうはいかないぞヘイゼル! 私は君を愛している! 私の伴侶になってくれ!」
「は、はんっ!? いやちょ、ちょっと待ってくださいっ! 急に言われてもっ!」
押し問答をするオリバーとヘイゼル。そこへずいっとリィンが乗り出した。
「そこまでですよ! オリバー様! ヘイゼルさんを怖がらせてはいけません!」
そう言ってヘイゼルを守るようにキュッと抱き締める。
「あ! ずるいぞリィン嬢!」
「こらリィン! 女の子だからってくっつきすぎだ!」
ぎゃーぎゃーと喧騒に包まれるサロンの中。
これまで一人で抱えていた胸の内をすっかり吐き出せたヘイゼルは、騒ぐ三人を見つめながらそっと微笑んだのだった。




