クラスメイトの美少女が「あなたの彼女に立候補します!」と選挙運動を開始した
「あなたの彼女に立候補します!」
月曜日の休み時間、俺は突然こう言われた。
言ったのはクラスメイトの五十嵐芽以。
肩にかかるほどの艶やかな黒髪で、ぱっちりとした目を持ち、青色のブレザーがよく似合う、はっきりいって俺好みの可愛らしい女の子だ。
それでも彼氏がいないのは、時折こういった奇行に走るからだろう。
今もクラス中の注目を集めている。
とはいえ、俺としても五十嵐を彼女にすることに異論はない。
「俺でよかったら……」
と答えようとする。
「ちょっと待って!」
え、なになに。
「立候補したからには、選挙期間を設けたいの」
「選挙期間?」
「その間、私はあなたに票を入れてもらえるように選挙運動をするの。投票日は一週間後の月曜日、その時に私を彼女にするか投票してちょうだい」
俺は首を傾げる。
「なんでこんなことを?」
「いやほら、やっぱり民主主義の基本じゃない? 選挙って」
「はぁ……」
全く理屈が分からない。
「それに私たちも、来年になったら選挙権が手に入るんだから、今のうちに練習しておかないと!」
俺たちは今高校二年生で、年は17歳。確かに来年になったら投票に行く年齢になる。
確かに今のうちから練習しておいた方がいい。のか?
「というわけで、よろしくね! 坂部君!」
「ああ、よろしく」
この俺――坂部拓馬っていうんだけど、俺は晴れて彼女――ではなく彼女候補をゲットした。
こうして立候補者一名、有権者一名の選挙が始まった。
投票日は来週の月曜日だ。
***
さっそく選挙運動が始まった。
五十嵐は俺の机の近くでこう叫んでいる。
「この私、五十嵐に、五十嵐芽以に、清き一票を! 清き一票をお願いします!」
右手をマイクのような形にして、名前を書いたタスキまでかけてなかなか本格的だ。
クラスメイトたちも――
「頑張れー!」
「応援してるぞー!」
「ホントに政治家みたい!」
ノリノリである。
こういった声援に五十嵐は手を振って応える。
「応援ありがとうございます!」
俺も挙手をした。
「候補、有権者として質問があります!」
「なんでしょう?」
「このたび立候補した理由をお聞かせ下さい」
実際、これは興味があった。
なぜ五十嵐は俺に告白してきたんだろう。
「坂部君は、例えば重そうに荷物を運んでいる子がいたら持ってあげたり、怪我した友達に肩を貸してあげたり、と優しいところがあります。そういったところに感銘を受け、このたび立候補を表明いたしました!」
……なるほど。
まあ、思い返すと自分にはそういうところがある。
困ってる人を放っておけないというか、世話を焼きたくなるというか、おせっかい気質なのだ。
「よく分かりました。頑張って下さい」
「ありがとうございます! 五十嵐芽以をよろしくお願いいたします!」
そう言いながら、横歩きで立ち去っていく。
ああ、あれか。選挙カーに乗ってるような演出か。芸が細かい。
……
休み時間、五十嵐がやってきた。
「どうしたの?」と俺が聞く。
「クッキーを作ってきたの! よかったら食べて!」
ピンク色の包みの中に手作りクッキーが入っている。
今日の授業は難しく、ちょうど甘い物が欲しかったのでこれは嬉しい。
だけど、何枚か食べてから俺は言った。
「これさ、違反じゃないか?」
「え? 違反?」
「確か公職選挙法で、立候補した人は有権者に物を贈ったりしちゃいけないって定められてたはずだけど……買収になっちゃうから」
「えええっ!?」
五十嵐が目を丸くしている。
まさか、マジで知らなかったのか……。
「私としたことが……」
「あ~あ、やっちゃったな」
俺は意地悪く、クッキーをさらに食べる。
「坂部君、今からでも食べたクッキー吐き出せない?」
「無茶言わないでくれ」
たまらずツッコむ。
「うーん、まあいいや。私は未成年だし、公職選挙法なんて無視、無視!」
「とても立候補者の言葉とは思えないな」
公職選挙法を堂々と無視する立候補者。五十嵐芽以、恐るべし。
……
「清き一票をお願いします~! 明るい未来を作りましょう!」
この光景もすっかり見慣れ、選挙運動も佳境に入ってきたある日、俺は五十嵐に尋ねてみた。
「そういやさ、マニフェストってないの?」
「マニファクチャー?」
「そりゃ工場制手工業。マニフェスト、“選挙で当選したらこうします”って公約だよ」
「ああ、公約ね……」
五十嵐は全く考えてなかったらしい。
「俺の彼女になったら何をしてくれるの?」
少し考えてから――
「毎日肩揉みしてあげる」
肩揉みか、悪くない。
「他には?」
「毎日クッキーも作ってあげる!」
これも嬉しい。五十嵐のクッキーは美味いし。
「他には?」
「そうね……。ノートも見せてあげる!」
五十嵐は成績がよく、ノートも綺麗だと評判だ。
まだ引き出せるかもと粘ってみると……。
「何でも言うこと聞いてあげる!」
とんでもない公約を打ち出してしまった。
「こんな感じですので、清き一票をお願いします!」
「まあ、考えておくよ」
土日を挟んで、いよいよ投票日が迫る。
***
ついに投票日。
休み時間になると、五十嵐はなんと自作の投票用紙と段ボール製の投票箱を持ってきていた。
投票用紙はともかく、箱まで自作するなんて、かなり本格的だ。
「ではいよいよ投票です! 坂部君、投票をお願いします!」
俺は紙にシャープペンで名前を書き、折りたたんで、投票箱に入れた。
「開票しまぁす!」
クラスメイトがニヤニヤしながら見守る中、五十嵐が開票作業に移る。
箱の中には一枚の紙が入っていた。
「さて、名前は……?」
五十嵐が紙を開くと、そこには名前が――なかった。
「え……?」
これはいわゆる白票。
誰にも投票しないという意志表示だ。
五十嵐は唇を噛み締める。
「落選というわけね……」
がっくりと肩を落とす五十嵐に、俺はこう言った。
「ちょっと待った。ちゃんと開票した?」
「え?」
五十嵐が再び箱の中を探る。
箱の中には一枚の紙が張りついていた。
そこには『五十嵐芽以』と書いてある。
「これは……どういうこと!?」
あまりに上手くいったので、俺はニヤリとする。
「ちょっとした仕掛けをしたのさ」
俺がやった仕掛けの正体――
俺は五十嵐が投票用紙を用意してくることは読めていたので、自分でも投票用紙を作っていた。
そして、五十嵐の用意した紙にはきちんと彼女の名前を書き、自分で用意した紙には何も書かなかった。これが最初に開かれた白票だ。
ここからがちょっと難しかったのだが、俺は密かに名前を書いた方の投票用紙に糊をつけた。
で、そっちを箱の中に入れる時、中に張りつけたってわけ。
ようするに、俺は投票用紙を二枚入れたわけだ。五十嵐をからかうために。
「うう~、投票用紙を二枚入れるなんて……こんなの無期懲役よ!」
「重すぎない?」
五十嵐を怒らせてしまったが、これで晴れて五十嵐は俺の彼女になった。
クラスの連中も――
「当選おめでとう!」
「バンザーイ! バンザーイ!」
「二枚入れたってことは投票率200パーセントじゃん! すげー!」
ホント、ノリよすぎだろこいつら。嫌いじゃないけど。
「ダルマが無駄にならなくてよかった~」
五十嵐が小さなダルマの目に墨を入れたのを見て、俺は声をかける。
「これで俺たち、カップルってことだよな?」
「うん、そうだね」
「じゃあさっそく……マニフェストを実現してもらおうか? ええと、肩揉みとクッキーとノート、あと何でも言うこと聞くんだっけ?」
五十嵐はたじろいで、こう返してきた。
「マニフェストってのは破るためにあるものだから……」
やれやれ、先が思いやられる。
だけど、楽しい高校生活になりそうだ。
完
お読み下さいましてありがとうございました。