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壊れた世界3

 二人がかりの猛攻。挟撃され、流阿は辛うじて凌いでいるが、じりじりと追い詰められていくのが分かる。このままでは、いずれ押し切られる。


 流阿は一度大きく後退し、ドラゴンニュートと少年兵から距離を取った。


「ハッ! どうした、もう終わりかぁ? 諦めたら楽になれるぜぇ?」


 ドラゴンニュートが歪んだ爬虫類の顔で嘲るように笑う。その目には、勝利を確信した侮りの色が浮かんでいた。


 その姿を見て、流阿は小さく息を吐く。


 覚悟を決めたのだ。


 その瞬間、流阿の纏う空気が一変する。先程までの、どこか相手の力量を探るような動き、手加減する様子は完全に消え失せ、研ぎ澄まされた刃のような、絶対零度の殺意だけがそこにあった。


「恨むのなら、コイツを使わせるほど強かった自分を恨め」


 冷徹、されど相手を嘲笑うかのような声が響くと同時に、流阿の姿が掻き消えた。


 ドラゴンニュートが、その巨体を揺らしながら振るおうとした槍は空を切る。


 次の瞬間、ドラゴンニュートの左腕に、流阿の指先が、一瞬だけ、まるで触れるか触れないかの柔らかな圧力で接した。だが、その直後──


「ぐ、ぎゃあああああっ!?」


 内側から爆ぜるような、凄まじい激痛が左腕全体に走った。


 それは”イカロスの翼”の応用──運動エネルギーの体内への強制伝達。鎧の下で、神経や血管が、筋肉繊維ごとズタズタに引き裂かれる感覚。


「があっ……! う、腕が……!?」


 激痛と共に左腕が完全に麻痺し、力なく垂れ下がる。

 それは、流阿が使うことを躊躇っていた白い鎧の男の技。人体を内部から容易く破壊し、後遺症を確実に残しながら相手をいたぶり、命を奪う最後の瞬間に繋げるための禁じ手。そして何より、この技を本気で使うとき、白い鎧の男の精神──その底なしの殺意が、精神汚染として流阿に流れ込み始める。使うならば、相手を殺す覚悟が必要だった。


 殺人など、避けられるなら避けたかった。


 だが、すでに引き金を引いてしまったのだ。もう止まることはない。


 流阿は一切の躊躇なく、ドラゴンニュートの左足にも同様の攻撃を仕掛けた。再び絶叫が響き、巨体がバランスを崩して大きく傾ぐ。


 そこへ、少年兵が背後から捨て身で斬りかかる。流阿は振り向きもせず、体捌きだけで剣をかわし、がら空きになった胸部へと、無慈悲な肘鉄を叩き込んだ。


 ゴッ!と骨が砕ける鈍い音が響く。


 先程までとは比較にならない、一切の手加減がない一撃。少年兵の胸部鎧が砕け飛び、肋骨が数本砕ける感触が肘に伝わる。少年兵は短い呻き声を上げ、数メートル吹き飛ばされ地面を転がる。本来なら内部に運動エネルギーが届き肺を破裂させるハズだった一撃を耐えたのは、彼の才能か、あるいは幸運か──だが、相手が悪すぎる。


 ただ、獲物が二匹に増えただけだ。


 一蹴された少年兵は時間稼ぎにもならなかった。呻き声を上げるドラゴンニュートへの襲撃は止まらない。超高速でその巨躯の周囲を舞い、的確に、そして容赦なく、鎧の上から内部へとダメージを蓄積させ続けた。


 少年兵の近くまで、ドラゴニュートの体を移動させる。そして足元に倒れた少年兵を蹴りあげた。


 ドラゴニュートと少年兵、二人の姿が重なるほど接近した瞬間、流阿の右手に、血のように禍々しい赤黒い光が凝縮し始める。それは、バイオアーマーの動力源であるエネルギー”エーテル”を一点に集約させた、文字通りの必殺の一撃。


 そのエネルギー奔流を、今まさにドラゴンニュートの心臓部へと叩き込もうとした、まさにその刹那だった。


 ヒュオッ!と空気を切り裂く重々しい風切り音と共に、流阿の足元──ドラゴンニュートとの間に、一本の巨大な戦斧槍(グレイブ)が突き刺さった。


 そのあまりもの威力に轟音と共に地面が砕け、衝撃波が周囲に広がる。


「……っ」


 何者かの介入。流阿は警戒し、即座に後方へと跳び退く。そしてグレイブが飛来した方向を見据えた。


 視界の中に、複数の人影が捉えられる。


 真昼の太陽を背にして、彼らは立っていた。


 重厚な黒いプレートアーマーに身を包み、戦場を生き抜いてきた証である厳めしい髭を蓄えた初老の男。その隣には、流阿とさほど年齢が変わらないように見える、白金の髪を風に流す、怜悧な美貌の青年。そして彼らの後ろには、精巧な意匠の西洋風の鎧を纏った兵士たちが、何人も整然と隊列を組んでいた。


 その出で立ちは、隕石で破壊された現代日本の都市風景とはあまりにも不釣り合いだ。彼らが放つ歴戦の勇士だけが持つ威圧感、そして使い込まれた武具への絶対的な信頼が、その不釣り合いな違和感を感じさせなかった。


「待たれよ」


 初老の男――重厚な黒いプレートアーマーに身を包んだ者が、重々しい声で静かに告げる。


「ワシは、ユーラゼル帝国が第三騎士団の団長を務める、バルザックと申す者だ。……その者たちから、手を引いてはもらえぬだろうか」

「……ずいぶんと勝手な言い分だな」


 流阿の声には、殺意こそ抑えたものの、隠し切れない怒りが宿っていた。


「そいつは、俺の仲間を攫おうとした。先に手を出したのは、そちらの方だ。それを、一方的に手を引け、とはな」

「そうか……」


 バルザックは短く嘆息すると、静かに歩を進め、地面に突き刺さったグレイブを引き抜く。太陽の光を照り返す巨大な刃は、鈍い光を放っていた。


「ならば、是非もなし」


 ドラゴニュートは、バルザックの様子を見ると、流阿を見て歪んだ顔で笑った。その目は語っていた。お前ごときが、このバルザックに勝つことなどありえない、と。


 その言葉と共に、バルザックの姿がブレる。


 バルザックの登場で油断したのか、あるいは流阿への嘲りを続けていたのか、ドラゴンニュートの反応が遅れた。いや、反応できなかった。


 閃光が走る。


 バルザックが振るったグレイブが、光の軌跡を描いた。


 次の瞬間、ドラゴンニュートと化していた男の首が、鮮血を噴き上げながら宙を舞い、ゴトリと地面に転がった。巨体が崩れ落ち、急速に人間の姿へと戻っていく。


 バルザックは血振りもせず、グレイブの石突きを地面に突き立てると、流阿へと向き直った。


「この”脱走兵”が、貴公らに多大な迷惑を掛けたようだ。我がユーラゼル帝国騎士団を代表し、深く謝罪しよう。……だが、そこの若い兵は、この脱走兵を追っていた者だ。任務を遂行するため、結果として貴公に剣を向けた形になったのだろう。そのことについても、重ねて謝罪する。まことに、すまなかった」


 バルザックが深々と頭を下げる。その隣で、ルシエイドと呼ばれた白金髪の青年も、沈痛な面持ちで頭を下げていた。


 脱走兵。


 あくまで自分たちのルールを破った裏切り者。組織の関係者ではあるが、逃げ出した存在であり、直接の責任はない、と。そんな見え透いた意図を感じる。


 だが、ここで彼らを問い詰めたところで、得られるものは少ないだろう。それどころか、目の前に立つ老騎士団長と、その後ろに控える白金髪の男は、間違いなく強い。先程のグレイブの一閃、そして彼らが纏う尋常ならざる覇気。ここで事を構えても、勝っても得るものは少なく、負ける可能性の方が高い可能性すらある。


「分かった。だが、このような事が二度と起こらないことを願う」


 それだけ告げると、流阿は近くの崩れた塀へと跳躍。その足で街灯の支柱、隣接するビルの壁面を蹴り、軽々と屋上へと駆け上がると、そのまま姿を消した。


 ※


「……まったく、面倒な事をしてくれたものだ」


 黒い鎧の男が去った後、バルザックは首を刎ねた男の死体を見下ろし、苦々しげに呟いた。


「戦火を交えている国相手ならばまだしも、どこの馬の骨とも知れぬ、名も分からぬ異郷の地で、このような狼藉を働くとはな。……ルシエイド、貴様の監督不行き届き、その責は重いぞ」


 未知の土地での情報収集のため、部隊の中でもっとも操竜術に長けた者を単独で偵察に出した結果が、これだ。


 略奪や暴力は、戦場においては悲しいが必要悪となることもある。だが、ここは戦場ではない。このような白昼堂々の誘拐未遂など、全面戦争の口実を与えかねない愚行。ましてや、相手があのような手練れとは……。


「申し訳ございません、バルザック様。彼の素行に問題があったことは承知しておりましたが、まさかこのような……常軌を逸した所業にまで及ぶとは、予測できませんでした」


 白金の髪を持つ青年――ルシエイドが、深く頭を垂れて謝罪する。その声には、偽りのない悔恨の色が滲んでいた。


 バルザックは、ルシエイドの反省しきった様子に、重い溜め息を吐く。


 本気で悔いているのは分かる。だが、この謝罪を受け、正式な手順で罰を与えるべき本国とは、今や連絡手段すら完全に断たれている。法も秩序も届かないこの異世界で、正論を説いたところで何になるというのか。


「本国、か……」


 バルザックがふと見上げた空には、故郷の城壁も、見慣れた尖塔もない。


「我らは果たして、あの懐かしき帝都の土を、再び踏むことができるのだろうか……」


 そこにはただ、無機質なコンクリートとガラスでできた、異形の高層ビル群が、どこまでもどこまでも続いていた。

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