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壊れた世界2

 尚吾たちが応急のバリケードをビルの1階に築き上げ、他のフロアにも自動販売機などで障害物を設置している頃、灯架たちはその様子を確認し、最上階へと急いだ。

 

 一刻も早く避難したい気持ちは山々だが、ここは焦らず、モンスターとの戦いで消耗した体力を温存しながら階段を昇る。

 

 やがて最上階に辿り着くと、そこには隣接するビルへと続く、応急処置の橋が架けられていた。それは、数本のロープと会議用テーブルを組み合わせた、不安定ながらも唯一の脱出ルート。

 

 本来ならば、こんな危険な橋を渡るなど考えたくもない。だが、モンスターが次々と建物内部に侵入してきている今、ここに留まるのは自殺行為に等しい。

 

 既に数名の生存者が、その危うい橋を渡り始めている。先頭で指示を飛ばしているのは、先ほど合流した滝沢尚吾と、彼が連れてきた若い男女だ。彼らは、自力で動けない負傷者を背負い、ロープで体を固定しながら、一人ずつ慎重に橋を渡っていた。

 

「思ったよりも避難、順調に進んでいますね」

 

 灯架が、避難誘導を指揮するリアナに声をかける。

 

「ええ。尚吾さんたちが、想像以上に勇敢な方々で、本当に助かっています。皆様、ありがとうございます」

 

 リアナが感謝の言葉と共に微笑むと、尚吾たち男性陣は途端に顔を赤らめ、緊張した面持ちで直立不動となる。

 

 普段は、己を守るために年齢を重ねた女性に見えるメイクをしておくも、必要となれば自らの美貌を武器にすることも厭わない。その潔さに、灯架は内心で感嘆する。


 これならば、彼らは喜んで荷物を運ぶ馬車と化し、最後まで献身的に働いてくれることだろう。

 

「モンスターたちの様子はどうですか?」

「私達が入口を離れるまでは、入口の前で徐々に数を増やしていました」

「そうですか。数が集まるまでは動きはないでしょうけど、集まった後は一気に押し寄せてくると考えるべきでしょうね」

 

 リアナが気を引き締めた、まさにその瞬間。

 

 突如、ビル風を切り裂く轟音が響き渡ったかと思うと、巨大な緑色の影が一行の頭上を掠める。その一瞬の間に、竜の背に乗った鎧姿の男が、リアナの身体を鷲掴みにして飛び去った。

 

 ──竜だ。

 

 翼を持つ、まさしく伝説に語られる西洋ドラゴンそのものだった。

 

「リアナさんっ!!」

 

 灯架の叫びは、遥か上空へと連れ去られるリアナには届かない。すでに飛竜の巨大は小さく目に映る程に離れていた。

 

 だが、その時、灯架の視界の端で、静かに黒い風が吹く。それは飛竜が巻き起こす暴風とは明らかに異なる、穏やかな風であった。

 

 そして、気付いた時、灯架の隣に、漆黒の鎧を纏った人影が立っていた。

 

「……あれは、敵でいいんだな?」

 

 氷のように冷たく平坦な男の声が響く。だが、声の裏側には強い意思が隠されているように感じられた。

 

「ええ。あれは誘拐犯です。敵だと考えて問題はありません」

 

 指導者としての教育を受けてきた彼女は、平静さを即座に取り戻し情報を、適切に伝えることに努めた。

 

「承知した」

 

 ──と返し、疾風の如き速度でビルの縁から飛び降りた。

 

 黒い影は、瞬く間に暴風を纏う飛竜を追い越し、豆粒ほどの大きさに消えていく。

 

「流阿先輩……なぜ、あれを……?」

 

 よく見知った人物が巻き起こした風に揺れる髪を直しながら、灯架は内心に強い動揺を抱きながらも、それを表に出すことなく黒い死神を見送った。

 

 流阿が身に纏う黒い鎧。

 

 それは全身を隙間なく覆い尽くした戦闘装甲。黒を基調とし、所々に赤いラインが走る、騎士の姿を模したバイオアーマーであった。

 

 生体細胞と金属細胞を組み合わせて作られたその鎧は、単に身を守るだけでなく、装着者の身体能力を常識外のレベルまで引き上げる。

 

 そして、黒い騎士を象ったその鎧は、灯架の知る限り、世界にただ一つしか存在しないはずのものだった。

 

 ※

 

 高層ビル群の間を縫うように飛翔する、緑色の飛竜。

 

 リアナを抱きかかえた鎧の男は、竜を手足のように操り、複雑なビル群を何の躊躇いもなく飛び回っていた。

 

 鼻先から尾の先まで、およそ10メートルはあるだろう巨大な体躯は、硬い岩のような鱗に覆われている。その牙は容易く人の肉を食い千切り、爪は、いかなる鎧であろうと紙屑のように切り裂くであろう鋭さを持つ。

 

「やっぱイイ女だ。こんな訳の分かんねぇ場所で、お前のような女を物に出来るなんてな」

 

 これほどの速度で空を飛べば、風が吹き荒れるはずだが、男には微風すら当たらない。それどころか、会話をすることすら可能だ。明らかに、エクリプスに類する超常の力が働いている。

 

「はっ、ダンマリか。別に良いさ。情報を聞き出す時には、しっかりと躾けてやるからな」

 

 下卑た笑みを浮かべる男は、自分を邪魔する者などいないと高を括っていた。背後に迫る、漆黒の影に気づくこともなく。

 

 ※

 

 飛竜を捉え、流阿はビルからビルへと飛び移り、風を切り裂きながら駆けていた。

 

 飯田と戦った時とは比較にならない速度。それは、バイオアーマーが生み出す超人的な身体能力の賜物。だが、それ以上に大きいのは、実戦経験を積んだことで、白い鎧の男の戦闘技術を、実際に使えるようになったことだった。

 

 バイオアーマーの圧倒的な性能と、白い鎧の男の経験値。合わさったそれらは、流阿を世界屈指の戦闘力を持つ存在へと押し上げている。

 

 飛竜に追いつくのは容易かった。既に襲撃を掛けられる距離に捉え、己の存在を悟られぬよう、ビルの影に身を隠しながら追跡している状況ですらある。

 

 問題は、どのタイミングで仕掛けるかだ。

 

 しばらくビル群は続く。そのうちどこかに、襲撃に適した場所があるはずだ。

 

 また、追跡している竜も所詮は生物。永遠に飛び続けることなど不可能だろう。休息の瞬間を狙うという手もある。

 

 だが、飛竜の限界は未知数だ。そんな不確定な要素に、判断を委ねるわけにはいかない。ならば──

 

 竜が飛んでいる。

 

 全長10メートルを超える巨体は、正面から敵対すれば脅威だが、獲物となれば、これほど大きな的はない。

 

 ビルとビルの間隔が最も狭まった場所に、飛竜が入りこんだその瞬間。右側のビルから黒い影が空を舞った。

 

「グギャアアアアアッ!!」

 

 影が通り過ぎた瞬間、飛竜が激しく身悶える。硬い鱗に覆われているはずの腹部が、深く、無残に斬り裂かれ、鮮血を空に撒き散らしていた。

 

 飛び移ったビル屋上で、黒い影が再び飛竜を追い抜くと、再び死の風が吹き抜ける。その両手に握られた、鮮血のような赤黒い刃が、飛竜の翼膜を切り裂いた。

 

 浮力を失った飛竜は、甲高い悲鳴を上げながら、螺旋を描いて墜落していた。

 

「チッ」

 

 背に乗っていた男は舌打ちすると、己の身を守るため、抱えていたリアナを無慈悲にも宙へと放り投げる。

 

 己を支えるものを失ったリアナは、重力に引かれ、地面へと叩きつけられる運命にあった。

 

 しかし、彼女の胸中に不安はない。

 

 黒い鎧を纏った人影が、何者なのか気づいた彼女は、差し出された手に、迷うことなく手を伸ばした。

 

「しっかり掴まっていろ」

 

 流阿は、リアナの体を引き寄せると、そのまま強く抱きかかえた。

 

 重力に引かれ、二人の体は地上へと吸い寄せられていく。

 

 このままアスファルトに叩きつけられる──そう思えた瞬間、流阿は路面に足をつけ、火花を散らしながら滑走した。

 

 天文台で見せた、あの技術。”イカロスの翼”を用いて、落下時の莫大な運動エネルギーを前方への推進力に変換したのだ。

 

「…………今度はうまくいった」

 

 無事に地上に降り立った流阿が、安堵とも満足ともつかない小さな呟きを漏らす。リアナが「え?」と僅かに反応したが、天文台での無様な着地を引き摺っていたことに気づかれなかったのは幸いだった。

 

 そのような小さなやり取りを行っていると、少し離れた場所に土煙を上げて着地した誘拐犯の男が、忌々しげに叫んだのが聞こえた。

 

「テメェ! そいつは俺の獲物だぞ、返せ!」

「待っていろ。後でたっぷり遊んでやる」

 

 流阿は冷たく言い放つと、リアナを抱きかかえたまま、その場から疾風の如く離脱する。いくつものビルを飛び移りながら、そのまま一直線に灯架たちが待つビルの屋上に辿り着く。

 

「先輩ですよね!? その格好のこととか……!色々とお話しないといけないことが……っ!」

 

 屋上に戻ってきた流阿を見るや、すぐさま灯架が駆け寄ってきた。

 

「話は後だ。すぐに戻る、先約があるんでな」

 

 流阿はリアナを灯架たちのそばにそっと降ろすと、一瞬の躊躇もなく、再び敵が墜落した場所へと身を翻した。

 

 ※

 

 その頃、誘拐犯の男は長大な槍を肩に担ぎ、隕石の落下で穴だらけになったアスファルトの上を、苛立ち紛れに蹴りつけながら流阿が消えた方向へと走っていた。プライドを傷つけられ、その目を怒りで染めている。

 

 真昼の太陽に照らされながら走り続ける中、空が一瞬だけ雲に隠れた瞬間のことだ。

 

 男は頭上という死角に槍を突きだし、空から舞い降りた黒い死神を迎撃した。

 

 だが死神は、足場のない宙にいるにもかかわらず、器用に身体を捻って槍を避ける。さらには血のように赤いナイフを振ってみせた。

 

 対して男もまた、槍を回転させるかのようにナイフを捌き、再度の突きを繰り出した。

 

 これもまた避けられるも、男はニヤリと口の端を吊り上げる。

 

「へっ、なかなかやるじゃねぇか、オイ!」

 

 男の挑発に反応することもなく、流阿は無言のまま、再び切りかかった。

 

 ナイフの冷たい切っ先が、空気を切り裂く音を立てて男に迫る。しかし、男は槍の柄を巧みに使い、その刃を的確に受け止めた。金属同士がぶつかる甲高い音が響いた。

 

「くっ……! この速さ……!」

 

 男が苦々しく言葉を吐き出すも、それは流阿も同じ思いであった。やはり、ナイフの間合いではリーチの長い槍を相手にするのは分が悪い。

 

 だから、速度で追い詰めるだけだ。

 

 流阿は即座に右手のナイフを引き、間髪入れずに左手のナイフを閃かせた。

 

 赤い残像が幾重にも走り、男に襲いかかる。流阿の両手のナイフが、息つく間もない連続攻撃を繰り出す。対する男は、槍を回転させ、あるいは突き出し、捌き、時には鋭いカウンターを放ちながら、流阿の猛攻を凌いでいく。


 ただの誘拐犯でない事は分かっていたが、想像以上に動いている。相手の実力を再評価しつつ、流阿は一度ナイフを腰のホルダーに納めた。中途半端な斬撃では、この男を無力化するのは難しい。かといって、殺すのは避けたい。ならば――。

 

 流阿は両の拳を固く握り締めると、先程よりも鋭く、深く踏み込んだ。狙いは制圧。相手の戦闘能力を奪い、腕や足を砕く。

 

「オラァッ!」

 

 男の槍が、唸りを上げて突き出される。だが、流阿はその穂先を拳で叩き落とすように逸らした。

 

 バイオアーマーの生物的な装甲で覆われた拳が、男の懐目掛けて高速で叩き込まれる。しかし男は、驚くべき反射神経でそれを捌き、あるいは最小限の動きで回避していく。

 

 一進一退の攻防。互いの力量は拮抗している。だが、流阿のフェイントに男が一瞬対応が遅れた。その隙を見逃さず、流阿は男の槍を大きく上方へと弾き飛ばすことに成功する。

 

 がら空きになった胴体。即座に流阿は、男の胸部目掛けて渾身の右ストレートを叩き込んだ。

 

 それは、ただの拳ではない。バイオアーマーによって強化された膂力に加え、”イカロスの翼”で周囲から掻き集めた運動エネルギーを上乗せした、まさしく必殺の一撃。

 

 相応のダメージが入る――はずだった。

 

 だが、男は衝撃が来る瞬間にバックステップすることで、ダメージを最小限に抑えてみせた。

 

 それでも、男が大きく体勢を崩したことに変わりはない。

 

 好機!

 

 流阿は追撃のため、無力化するために再度ナイフに手を伸ばしかける。だが、その時であった。横合いから凄まじい剣圧と共に、鋭い斬撃が襲いかかる。

 

「っ!?」

 

 完全に追撃のタイミングを潰された。

 

 忌々しいとまでは思わなかった。この程度は戦いの常だ──だが問題はこの拮抗した状況で、敵の増援が現れたことだ。

 

「いいタイミングで来たな、小僧! そいつの足止めをしておけ」

 

 誘拐犯の男はそう叫ぶと、厄介な流阿の相手を新たな乱入者に押し付け、自分はさっさとこの場を離れていった。

 

 追いかけたいが、目の前の少年兵がそれを許さない。

 

 厄介な相手だった。まだ十代半ばほどの少年兵。しかし、その目つきは歴戦の兵士のように鋭い。だが、どう見ても子供であることに変わりはなかった。

 

 その事実に、流阿の動きが一瞬鈍る。

 

 対照的に、少年兵は手にした長剣を流麗な軌跡で振るい、一切の躊躇なく猛攻を仕掛けてくる。その剣技は、先程の男が振るう荒々しい剛の槍術とは対極にある、洗練された技。的確に流阿の鎧の隙間、関節部といった急所を狙ってくる。


 明らかに訓練を積んだ者の動き。下手をすれば、先程の男よりも、よほど繊細な動きすらしている。


 だが、それでも遅すぎた。


 流阿は少年兵の剣撃の合間を縫って、鎧の上からでも衝撃が通るように、強烈な掌底を叩き込む。

 

「がはっ……! ぐぅ……!」

 

 鎧越しに内臓を揺さぶられ、少年兵は苦悶の声を漏らす。それでも怯むことなく、即座に体勢を立て直し、再び流阿の懐に食らいついてくる。

 

 流阿は少年兵の猛攻を受け流しつつ、少しずつ後退する。その動きは、槍使いの男がいる、撃墜された飛竜の方向へと、少年兵を巧みに誘導していくものだった。

 

 だが時間を掛け過ぎたようだ。

 

 流阿が男を視界に捉えたとき、相手は地面に横たわる飛竜の傍らにいる。

 

 飛竜の巨大な体躯には、流阿がつけた生々しい傷口が開いている。男は、その傷口に躊躇なく手を突っ込んでいた。

 

「チッ、もっと強ぇ竜種を使うつもりだったんだがなぁ!」

 

 苦々しげに吐き捨てると、男は飛竜の体内から、血に濡れた黒い鉱石のようなものを取り出した。そして、それを躊躇なく己の口へと放り込み、嚥下する。

 

 途端に、男の身体から、乾いた骨が軋む異様な音が響き渡る。皮膚は見る見るうちに硬質な鱗に覆われ、手足には鋭く長い爪が伸び、顔は爬虫類を思わせる凶悪な貌へと変貌していく。

 

 それはドラゴンニュート――竜人と呼ばれる、人型の竜だ。

 

「ああ、クソっ! 並の飛竜じゃあ、この程度にしかなれねぇかぁっ!!」

 

 獣のような咆哮と共に、ドラゴンニュートと化した男が、恐ろしい速度で流阿へと突進した。アスファルトを砕くほどの脚力で一気に距離を詰め、その太く変貌した腕から繰り出される槍が、嵐のような勢いで流阿を襲った。

 

 同時に、先程吹き飛ばした少年兵も体勢を立て直し、再び剣を構えて加勢してくる。

 

 二人がかりの猛攻。挟撃。流阿は辛うじてそれらを凌いでいるが、徐々に、追い詰められていっているのが分かった。

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