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ESホルダー ~流れ星に壊された世界でスマホ片手にヒーローをやっています~  作者: 穂麦
天の岩戸

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17/21

天の岩戸3

 斥候部隊からの報告は、ライオットたちの懸念が現実になったことを示していた。コープスウォーカーの集結が、終わってしまったのだ。


 このまま放置すれば、あの銀色の怪物たちが、さらに未知の脅威へと変貌する可能性がある。考えすぎかもしれない。だが、エクリプスという常識を逸脱した力が存在する以上、あらゆる可能性を想定し、潰さなければならなかった。


 作戦が失敗すれば、次は間違いなく今回よりも劣悪な状態で、この街に挑むことになる。たとえ確たる情報がなくとも、不確定要素というリスクは、覚悟をもって排除するしかなかった。


「これより、プランBに移行する! 総員、配置につけ!」


 副隊長の誠が発した号令一下、暁の旅団の精鋭部隊が動き出す。戦闘員五百名のうち、三百名もの兵力を、この一点に投入する。派閥の命運を賭けた一大作戦だった。


 彼らが向かうのは、コープスウォーカーが集結しているとされる、朝剛鉄鋼所。やがて、目的地であるひときわ巨大な工場群が、その威圧的な姿を現した。二ヶ月間、人の営みが途絶えたことで、その巨大な建造物群は時が止まったかのように静まり返っている。


「各隊、ブリーフィングの内容を再確認しろ。第一目標、第三工場へ向かうぞ!」


 誠の冷静な声が、張り詰めた空気に響く。


 その言葉に、最前線に立つライオットは、腰に下げた二振りの手斧の柄に静かに指をかけた。


 この部隊は、多少の訓練を積んだだけの、いわば素人集団だ。その現状に、彼は内心で歯痒さを感じていた。本格的な訓練を積んだ団員であれば、より被害の少ない方法も取れたはずだ。


 だが、贅沢は言えない。異世界人である自分が、この世界の技術や道具に疎いように、この場にいる者たちもまた、戦いの道理を知らない。お互い様だ。自分のことを棚に上げて文句を言えるほど、彼は厚顔無恥ではなかった。


『準備を終えました』


 工兵チームからの連絡が入ると、ライオットと誠は視線を交わし、無言で頷く。


「最後に頭の中で作戦を復唱しておけ。意外と覚悟が決まるものだからな」

「はい」


 ライオットは、戦の先輩として誠に助言を伝えると、エクリプスの力でその身に戦闘用のバイオアーマーを纏った。


 作戦は、速やかに実行に移された。

「――点火!」


 誠の号令と共に、轟音が響き渡り、分厚い鉄のシャッターが吹き飛ばされる。


 粉塵が晴れるより早く、三百の団員たちが地響きを立てて突入した。


「一番隊、前へ! 壁を作れ!」


 誠の指示のもと、団員たちは訓練通りに巨大な盾で鉄壁を築き、その隙間から槍の穂先を一斉に突き出す。味方に犠牲を出しながらも、暁の旅団は統率された動きで、一体、また一体と、確実に敵の数を減らしていく。


 やがて、内部の敵を掃討し、中継地点の確保を完了する。息つく間もなく支援部隊が駆けつけ、負傷者の手当てとバリケードの設置を始めた。


 拠点確保の報を受け、誠はすぐさま次の手を打つ。


『梓、メインプラントの様子は分かるか?』

『周りにいたコープスウォーカー達も、工場の中に移動しているよ。入口が空いているから、そこの映像を送るから、ありがたく使ってねん』


 送られてきた映像には、工場内部に集結するおびただしい数のコープスウォーカーが映っていた。


「いよいよ、厄介事を本気で始めようとしているのかもな」


 ライオットの言葉に、幹部達が沈黙する中、大江 表碁という男がおずおずと手を上げた。


「あの……後で始末書を書きますから、少し人を貸して頂けませんか?」


 気弱そうな雰囲気とは裏腹な、大胆な作戦。


「誠、俺は現代の戦術に不慣れだ。表碁の策を採用するのかの判断はお前に任せる。だが、始末書が必要になったら、俺にも書かせろよ」


 ライオットの言葉に、他の幹部たちの間に僅かな笑みが生まれ、場の空気が少しだけ軽くなった。


 こうして決まった新たな策の準備が開始される。誠が図面を片手に指示を飛ばし、メンバーたちが汗だくで資材を運び、広場に罠を仕掛けていく作業を三十分ほどで終えた。


「これが正念場だっ!」


 ライオットの言葉に、三百の団員たちが雄叫びで応えると、拠点からメインプラントへと続く広場へ部隊が躍り出した。


 津波となって押し寄せる、三百を超えるコープスウォーカー。その猛攻を、団員たちは盾で耐え、槍で反撃し、比良那姉妹が遊撃部隊として劣勢の部隊を援護する。


『退けっ!』


 ……


『退けっ!』


 ……


『退けっ!』


 通信から響くライオットの指示に従い、団員たちはあらかじめ設置しておいた複数のバリケードを使い、後退と迎撃を繰り返していく。徐々に削られていく、進行する銀色の身体の数。


 それでも怪物が怯むことはない。その生物離れした動きに、団員たちの間に動揺が広がり始める。そして、最後のバリケードまで後退した瞬間、誠の声が全ての通信機から響き渡った。


『点火っ!!』


 号令と共に、広場のあちこちで巨大な爆発が連鎖的に起きる。その直後、大地が呻くような音と共に、足に振動が響いた。


 ──大地が割れる。


 暁の旅団は烏合の衆だ。しかし烏合の衆であるが故に、様々な職歴を持つ者達が集まっている。


 中には建築業や土建関連に長く携わってきた者も──彼らの計算され尽くした爆破が、頑強なコンクリートの地面を砕いたのだ。そして砕けた地面の先には、闇が広がっている。


 その闇は大工場であるが故に用意されていた地下施設――今や閉鎖された牢獄――へと、コープスウォーカー達は次々と飲み込まれていった。


 眼の前に広がる光景に、団員たちから地鳴りのような歓声が上がる。だが、ここで集中力を切らされては困る。


「盾を構えろっ!槍を突き出せっ!奴らに引き下がる頭はねぇ!構えて待ち、一匹ずつ地獄に送ってやれっ!!」


 ライオットの檄が、暁の旅団の士気を極限まで高める。戦で機を逃せば、それは相手の機となり手痛いしっぺ返しを喰らうものだ。この士気をもって、徹底的に敵を叩き潰さねばならない。


『残存数32!』


 斥候がもたらす情報に、誰もが勝利を確信した。だが、それが新たな絶望の始まりを告げる、号砲に過ぎないことを、まだ誰も知らない。


 徐々に地面に倒れ伏す数が増えていく、銀色の怪物たち。やがて、その数が減ったことで、戦場の見通しが良くなる。


 そのせいで、これまで敵の影に隠れて見えなかった場所まで見えるようになる。工場のさらに奥、そこに佇む異様な光景にライオトットが気付く。


『梓!工場の奥の映像を送れ!!』


 ライオットの焦りを滲ませた声が、通信回線を震わせる。


『はいはいー。もう撮ってるから、すぐ送るねー』


 能天気な口調は、彼女なりの気遣いだろうか。ライオットは自分が思っている以上に冷静さを失っていることに気づかされる。


『……頼む』

『オーケー、オーケー。はい、梓ちゃんの愛が籠った贈り物をどうぞ』


 斥候部隊の高精細カメラが捉えた映像が、幹部たちのヘルメットバイザーに共有される。


 そこに映っていたのは、宗教的な儀式のようにも見える光景であった。


 胸部を巨大な赤い結晶に侵食された一体のコープスウォーカーが中央に立ち、残った仲間たちが、自らの身体を融解させ、脈打つ銀色の液体となって、中央の一体へと吸い込まれていく。


 そして一際強く輝いた瞬間、それが起こる。 コープスウォーカーの身体が、巨大な繭のように膨張し、内側から何かがそれを突き破ろうとするかのように激しく蠢く。ヒビ割れた身体を貫くかのように銀色の枝が伸びると、赤い石を包み込むように、その身体は銀色の樹へと変貌したのだ。


 不気味に佇む、赤い宝石を幹で包みこんだ銀色の樹。それは別の世界の生態系に組み込まれているかのような、異様な空気を持っているかのような不気味さを感じさせる。


 これは何なのだろうか?恐れや不安から、そのような問いを頭に思い浮かべたメンバーも多かったが、その答えはすぐに示される事となる。


 樹が揺れ、赤い光が枝葉から空気中に散らばった。その赤い光が空気中で自分の意思を持っているかのように集まると、光が複数の怪物へと変わる。


 これまでのコープスウォーカーよりも一回り小さく、しかし、獣のような俊敏さを感じさせる、犬の頭部を持つ人型のモンスター。


「コボルト!?」


 ライオットの驚愕の声が響く。だが、驚いている暇はない。生まれたばかりのコボルトたちの発する、甲高い奇声がこの場所にまで響いてきたのだ。


「ヤツラは動きが早い!隊列を組み直せ!そして一軍に対応させろ!!これまでの戦い方では対応できないぞっ!」


 ライオットが叫ぶのと、コボルトたちが襲いかかってくるのは、ほぼ同時だった。


 盾を構える団員たちの壁を、コボルトたちは嘲笑うかのようにすり抜け、後方の部隊を蹂躙していく。戦線は、瞬く間に崩壊寸前へと追い込まれた。


「一軍、前へ!防衛ラインを構築しろ!」


 誠の叫びに近い号令を受け、これまで温存されていた部隊が動く。


 灰色のバイオアーマーで身を包んだ十二名。彼らは、烏合の衆でしかないこの集団の中で、元警官や自衛官といった戦闘経験のある者達を集め、徹底的にマニュアルに従った動きをさせることに特化させた、暁の旅団の苦肉の策だった。エクリプスという未知の力を戦闘に転用するには、個人の才能に頼るより、規律と連携で組織力を底上げする方が、確実だと判断したのだ。


 彼らは三人一組のチームとなり、崩壊した戦線の前に新たな壁を築いた。コボルトの猛攻を、派手さのない、しかし確実な連携で受け止め、仕留めていく。


 その光景に、他の団員たちが僅かな希望を見出した、その時だった。


「あれはモンスターを何度でも呼び出すタイプだろうからな……双子はここでコボルトを一匹でも多く仕留めてくれ」


 一軍が稼いだ、ほんの僅かな時間。ライオットは、その機を逃さず双子に指示を飛ばす。


「おっさんはどうすんの?」

「おっさんはやめろ。真面目な話だ」

「はぁ~い」


 真由は気の抜けたような声で答える。だが、話を聞いていないわけではない事くらいは、ライオットとて分かったため、話を続けることにする。


「ここで、なるべくコボルトを削ってくれ。そうすれば、俺が樹を切り倒すのが少しは楽になるからな」

「いいよー。流阿に会いたいから、早くぶった切っちゃってね」

「はぁ、わぁーったよ。すぐ終わらせるから、お前らもキッチリやってくれよ」


 そう告げると、ライオットは両手の手斧を握り直し、メインプラントの中にある銀色の樹へと、強い視線を向けた。

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