作戦までの日常3
流阿の部屋のテーブルを囲むのは、総勢七人。
流阿、灯架、鏡子、リアナ、イリス、そして先ほど合流したばかりの双子、由夜と麻衣だ。この人数が一室に集まると、物理的なスペースとしてはかなりの圧迫感があるはずなのだが、不思議と息苦しさは感じられない。それはきっと、集っているのが粒ぞろいの美女や愛らしい美少女に美幼女。
さすがに、これほどの美しい女性が狭い空間に集まれば、部屋の空気が華やいでいる、と錯覚するほどだった。
「気付いていうかもしれないけど、由夜さんと麻衣さんの二人は、灯架さんの派閥に所属しているから」
流阿が双子に視線を送りつつ、灯架に確認する。
「いえいえ、わたくしの派閥だなんて、そんな恐れ多い。誰もが心の底では先輩の派閥だとお考えでしょうから、先輩の派閥ということでお願いします」
しれっと責任を押し付けようとする灯架に、流阿がじろりと視線を送る。
「派閥トップの座は返品しないんじゃなかった?」
「ぐっ……そ、それは、言葉の綾というか、何というか……」
一部に狂信者が当たり前のように存在する派閥のトップなど、さすがに精神的にキツイ。しかし、トップの座を譲り受ける際に返品はしませんよ?と言ってしまったのは、紛れもない自分自身だ。
「お二人はもはや運命共同体でございますので、そのお話し合いはいくらなされても不毛かと」
冷静沈着な鏡子の言葉が、ぐうの音も出ない正論として二人に突き刺さる。
「「うっ……」」
流阿も灯架も、返す言葉なく沈黙せざるを得なかった。
「それで、流阿さんは、何か皆様にお伝えしたいことがあったのではないでしょうか?」
リアナが、こじれかけた空気を元に戻すように、優しく話を促す。
「ああ、うん。そうだったね。ありがとう、リアナさん。派閥の現状について、情報を共有しておこうと思ったんだ」
流阿は先程までの不毛なやり取りを頭の隅に追いやり、急いで本題へと意識を切り替えた。
「そうですか。では、よろしくお願いいたします」
灯架も、この提案には異論はないようだ。むしろ、早く建設的な話に移りたいと思っていたところだろう。
流阿の話は、灯架にすでに伝えてある内容の確認から始まる。
まずは派閥について。
流阿を中心にした派閥、裏社会の人物が集まった派閥、十代が集まった派閥、芸能関係者が集まった派閥、議会派と呼ばれる派閥の5つがある。
それぞれ記憶持ちと呼ばれる人物が中心となっていること。
「それぞれの派閥で、飛谷ノ奪還に向けて、希望者にエクリプスの使い方を教えて、戦える人間を増やしているのが状況だよ」
流阿は、さらに話を続ける。
「現状で、単純な人数だけで言えば、ウチの派閥が最大派閥ということになるけど……実態は、烏合の衆と言わざるを得ないね。他の派閥に馴染めなかったり、特に所属したい派閥がなかったりした人たちが、消去法でウチに来たっていうケースが多い。だから、数は多いけど、一部の熱心なメンバーを除けば、派閥に対する忠誠心や帰属意識は低いと考えた方がいいと思う」
その一部の熱心なメンバーの中に、あの狂信的な救助隊リーダー裕子たちが含まれるのは、言うまでもない。
「だから、あまり無茶な作戦や厳しい規律を強いたりすれば、すぐに派閥から離れていく人がほとんどだと考えておいた方がいいだろうね。それと、一部の人たちは……まぁ、その、忠誠心を暴走させそうだから注意が必要かもね」
流阿は、言葉を選びながらも、悩ましい現状を吐露する。特に一部の人たちの存在は、彼の胃痛の種だった。
「その一部の人たちがどのような方々なのか、聞かなくても何となく分かってしまうのが、悲しいところですねー」
「そうだね……本当に……」
あの狂信者たちの顔を思い浮かべるだけで、どちらも遠い目をしてしまう。本当に何とかしなければ、面倒な事になりかねない、早急な解決が必要な大きな課題であると、心に刻みつけた。
「それで、先輩が直接指導された方々の中で、戦力として期待できそうな方は、どれくらいいらっしゃいますか?」
「残念だけど、ほとんどが戦いの初心者だよ」
話は進んでいく。詳細は後で確認するにしても、大雑把な概要に関しては、早めに把握しておきたいというのが、大魔王(笑)灯架の深慮であったから。
「ふむふむ……では、エクリプスの所持者は何人ほどいらっしゃいますか?」
「日谷ノの奪還に関わる人には、全員エクリプスを起動してもらったよ」
「なるほど、なるほど。では、エクリプスのユーザーとなった方に、ヒューム以外の方はいらっしゃいましたか?」
ヒューム。
それはスキルを持たないエクリプス、そう呼ぶべき特徴のエクリプス。スキルは持たないが、領域や超感覚を有することはできる。
「ヒュームがほとんどだったね……その辺りに関しては、資料にまとめたあるから、後で渡すよ」
「そのようにして頂けると助かります」
灯架がそのように答えると、流阿の関心は別のところに向かう。
「今さらで申し訳ないんだけど……鏡子さんたちは、本当にウチの派閥に入ってくれるということでいいのかな?もちろん、その方が僕としては非常にありがたいんだけど、灯架さんのお兄さんがいらっしゃる議会派に合流するという選択肢もあると思うんだけど……」
「ええ。わたくしどもは、偉大なる大魔王灯架様の忠実なる家臣でございますれば、他の派閥に与するなどという選択肢は、天地がひっくり返ってもありえませんわ」
どこまでも真顔で、しかし明らかに冗談めかしてそう言う鏡子に、灯架が思わず小さく吹き出す。
「リアナさんたちは、どうします?」
流阿が視線を向けると、イリスが胸を張って即答した。
「嫁がいる派閥に入るのは当然」
その言葉に、由夜と麻衣も「うんうん」と可愛らしく頷いている。
「わたくしも、微力ながら大魔王灯架様のお力になれるのでしたら、喜んでこの派閥に入れさせていただきたく思います」
リアナもまた、悪戯っぽい笑みを浮かべてそう告げた。
「クックック……よかろう。お前たちの我が派閥への加入を、この大魔王灯架の名において、特別に許可しようではないか!その揺るぎなき忠誠心を、今後の働きをもって余に示すがよいぞー!」
灯架もすっかり悪ノリしてきた。存外、この大魔王という仰々しい呼び名を意外と気に入っている──と、いうことはなく、開き直っているだけなのだろう。
「じゃあ、一番面倒臭い話をさせてもらうよ」
流阿の雰囲気が少しだけ変わり、部屋の空気もまた、和やかな雰囲気から一変する。
「飛谷ノの奪還作戦も考えないといけないことがあるけど、飛谷ノを奪還した後にも問題があるんだよ」
流阿は言葉を区切り、一同の反応を窺う。
「飛谷ノを奪い返した後は、臨時の議会が設置される予定なんだけどね。この議会のメンバーは、議会派の人から選ばれる予定なんだけど、この議会は一枚岩じゃないんだよ。議会派は派閥がいくつも抱えた集団で、しかも自分の欲を優先するであろう派閥も多いって聞いている。その辺りは、灯架のお兄さんに会えば、もっと詳しく教えてもらえると思うけどね」
しばしの間を空けた後、灯架が口を開く。
「すなわち、私達の派閥に……いえ、他の全ての派閥に求められるのは、議会派よりも活躍して、彼らの暴走を止められるだけの発言力を持っておくということですねー」
「その解釈で間違いないよ。幸い、君のお兄さんから、そう説明を受けているからね」
それなら、兄を情報源に使っても問題は無さそう──そのような考えを灯架が下したことに気付く流阿。彼は鳴海兄妹の関係性の闇を、少しだけ見てしまった気がしたが、他の家の事だからと、気をきかせて何も聞かないことにした。
「とりあえず、発言力をどの程度まで高めればよいのか、判断するための情報集めが必要ですねー。私は、そちらを中心に動くとしましょう」
灯架の方針は決まった。これで自分の背負わされていた重荷が、また一つ減ると、このときの流阿は軽い感動を覚えていた。




