元公爵令嬢とお荷物、出会う(1)
エヴァンジェリンは国境に向かっていた。
国を出るだけなら簡単だ。
国境沿いの街へ行って、関所を越えればいい。
そして二度と関所のこちら側へ戻ることは出来ない。
問題はそこからだ。
今まで公爵令嬢として貴族教育や王妃教育を受けてきたエヴァンジェリンは、庶民の生き方を知らない。
手切れ金として渡された金貨や持ち出してきた宝石はあるが、自分で買い物などしたことがなかった。
今までは屋敷に商人が品物を持ってきて、あれが欲しいと言えば、それを置いて行った。
もしただの出奔であるなら、他国の貴族の家庭教師などで知識を生かす道もあったかもしれないが、犯罪者として国を追われたエヴァンジェリンを雇う貴族はいないだろう。
出来るだけ早く、自分で生きる方法を探して覚える必要があった。
(まずはどこへ行ったらいいのかしら……ギルドで職の斡旋をしてもらう……? でも労働なんてまったくわかりませんわ……)
悩んでも移動は止められない。
国境を越え、さらに乗合馬車で移動を重ねる。
国を出るまでずっと後をつけていた見張りもすでにいなくなった。
とりあえず行けるところまで行くつもりで馬車を乗り継いでいくうちに、大陸の西のほうに近づいていた。
「ここから先へ行く乗り合い馬車はないのかしら」
来た道を戻るという馬車の御者に訊ねると、御者はわざとらしく怖がってみせた。
「こっから先は魔物が増える地域になる。冒険者か、冒険者を雇う金のある商人くらいしか行かねえよ。向こうから逃げてくる連中はいるかもしれねえけど」
「魔物……」
エヴァンジェリンが住んでいた大陸の東端地域ではまだ魔物の出現記録はない。
魔王だ魔物だという話も、違う世界のことのように聞いていた。
「困りましたわ……」
すでに日も沈み、女一人で軽率に歩いて良い環境ではなくなる。
とりあえず宿を探そうと歩き出したところで、正面からふらふらと歩いてきた男とぶつかった。
「きゃあっ」
「わあっ! すみません!」
よれよれの服を着た男は、エヴァンジェリンよりやや年上に見えた。
「すみません、すみません。ぼーっとしてて」
「いいえ、わたくしもよそ見をしていたから……」
ふと近くの屋台の前で、二人組の男がちらちらと男の方を見て笑っているのが見えた。
「なあ、あいつ……」
「そうだよ、この間パーティー追い出されたっていう……」
男をよく見ると、腕に冒険者の身分を示すプレートを付けていた。
「あなた、冒険者ですの?」
男は赤くなってプレートを隠すと、一人で慌てふためいたあとに、息を吐いた。
「一応、まだ……。まもなく取り消されると思います」
男は気が弱そうで、ぱっと見、武器の類も持っていなかった。
エヴァンジェリンは少し考えて、口を開いた。
「ねえあなた、わたくしに雇われる気はありませんこと?」