【第1話】私、転生しちゃった…。
「…っというのが、多分わたくしの前世の最後、なのよね………」
女性にしては低いとよく言われる自分の声が先ほどまでと違い、高めのソプラノであることに眉を顰めながら独りごちる。
私の名前は、リアム・グランド・ノース。
1500年の歴史を持つグロワール王国、その四大公爵のひとつ、ノース家の娘だ。
グロワール王国は広大な土地を大きく4つに分けており、それぞれを四大公爵が治めている。
我がノース家は、寒く厳しい土地でありながら、北の山脈より鉱石が多く採れるため、それなりに豊かだと言えよう。
家族構成は私の両親と、兄と姉と弟の6人。兄弟仲も良く、なんのトラブルも起きなそうな、前世同様の円満な家庭だといえるだろう。
(………今日からは、そうもいかないかもしれないけれど…。)
そう、私は今朝、思い出してしまったのだ。所謂、前世を。
きっかけは、メイドのアリサが持っていたアルバムの表紙。そこには私たちの家族写真が貼られているのだが、
「この表紙の旦那様がカッコよくてカッコよくて…! お、お嬢様? 私にも一冊、もらえないでしょうか…なんてぇ……」
こちらをわざとらしくチラチラと見ながら、大事そうに本を抱き込むアリサを見て
(そういえばあの表紙、見そびれちゃったな…)
ふとそんな事を思い、ん? と思った瞬間に前世のことを一気に思い出したのだ。
急な出来事に一瞬戸惑ったものの、なぜか思い出した直後から『ずっと前から知っていた』ような不思議な感覚でもあったため、その場に居合わせたアリサには不審に思われずに済んだことが幸いか。
ひとまず縋るアリサからアルバムを無理やり取り上げて部屋から追い出し、アリサが淹れてくれていた紅茶を飲みながら一息ついていたところだった。
さて、どうしよう。
ひとまず自分ーーー『ユメ』がトラックで死んでしまったことは間違いないだろう。
そして、私ーーー『リアム』として10年間生きてきた記憶もある。
つまりこれは、異世界転生、ってやつだ。
「異世界モノは未履修なんだけどな………」
部屋には誰もいないため、行儀悪くもベットに上半身を投げ出す。アリサは先程までドアの前でシクシク泣いていたが、とっくに仕事に戻ったようだ。
遠慮なく、腕を組んでウンウンと唸る。
「これってなんかのゲーム…? 小説やアニメの世界ってパターンもあるんだっけ………悪役令嬢モノとかだったら嫌だなぁ…」
『ユメ』には2つ年下の妹と二人で住んでいたのだが、私との趣味とは違い、彼女はweb小説とかが好きだった。いつも、アニメ化したあの作品がどうとか、投稿サイトがメンテ中でつまらないとか、煩く話しかけられていたが……こうして2度と会えないと思うと、今更ながらもっと真剣に聞いておけばよかったと反省する。
さて。
もし、この世界が『原作』のある世界だった場合。元ネタを知らないことはかなりリスキーだ。
「魔法もステータスもある世界だし、原作がある場合はゲームが濃厚かな………でも恋愛モノの可能性も捨てきれない、か」
そう、この世界では魔法が使える。
ファイアー、ウォーター、ウィンド、アース…どのゲームでもありそうな設定だ。
ステータス画面も、『ステータス』という無属性魔法で見ることができる。経験値や、スキルも存在する。
と、なると、ゲームの可能性は非常に高いのではないだろうか?
一方で、最近では『悪役令嬢モノ』というのが流行っているらしく、所謂恋愛系の作品である可能性も捨てきれないのだ。
悪役令嬢モノだったら最悪だ。中世に近い世界観における、私の公爵令嬢という立ち位置なんて、まんまピッタリじゃない。
「んんん…………あーー! わからん! 知らない作品だったらどうしようもなくない!?……とりあえず、なるようになるしかないわね。」
唸りすぎて頭が痛くなってきたのでそろそろ考えることをやめることにした。
よっ、と身体を起こして、ドレスについたシワを軽く叩いて伸ばす。改めて窓際のテーブルに座り、冷めた紅茶で喉を潤していると、先程アリサから取り上げたアルバムの、家族写真が目に入った。
「………みんな、元気にしてるかな…」
落ち着いたら、やはり少し落ち込んできた。
『ユメ』の両親は早くに亡くなってしまっているので、家族は妹だけ。残された妹には申し訳が立たない。器用な彼女のことだ、あまり心配はないだろうが……
しかも、だ。
リアムとして10年間生きてきた記憶によればーーー
この世界には、『アイドル』が存在しない。
「ッはぁ…………」
思わず深いため息をついてしまう。
そう、あの熱に浮かされたようなライブの高揚感と、熱狂的なファンたちの仲間意識にも似た一体感、何より身を焦がすような強い憧憬の感情も、もう抱くことができないのだ。
「きっつ………何を生き甲斐に生きたらいいのよ今世…」
せっかくセットしてもらった髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。ごまかしで先程ドレスを整えたのも無駄だったようだ。
ともあれ。現実として、アイドルがいないことは認めるしかない。
また、リアムとして生きている以上、生き甲斐がなくともなんとか生きていくしかないのだ。
それこそ別の生き甲斐を見つけてーーー
別の生き甲斐?
ーーーアイドル以外を生き甲斐にするなんて、無理だ。
無理、なら。
今からでも私が、アイドルグループを結成すればいいんじゃない…?
いやもっといえば、まだアイドル文化が根付いていない今なら、自分好みのユニットを集めた、夢のプロダクションを作ることだってできるんじゃ……
「ッ! こうしちゃいられないわ! アリサ!!アリサはどこにいるの!!?」
ガタッと椅子を鳴らしながら慌ただしく立ち上がっては、今思いついた素晴らしい案をアリサに話すため、バタバタと屋敷の中を走り回ったのだった………。
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「あいどる…? それは教会の聖女様みたいな感じでしょうか…?」
痛そうに頭をさすりながらアリサが問う。
しばらく屋敷を走り回りやっと見つけたアリサに、話を聞いてほしいとお願いしたところ、「旦那様の写真と交換でしたら」などとふざけたことを言いだしたので、思わずひっぱたいたのだ。
「聖女様は、傷や病を治してくださるでしょう? だから皆、聖女様を有難がっているわけじゃない。アイドルは、別に何かをしてくれてるわけじゃないの。ただ存在するだけで有難いのよ!」
「はぁ………何もしてくれない人を崇めるのですか…?なんのために…?」
10歳にしてまだ発達のそぶりを見せてくれない胸をはってドヤ顔で伝えるも、アリサにはいまいちピンときてないようだ。
「例えばほら、アリサだってお父様の写真が欲しかったわけじゃない? それって、お父様が何かしてくれるからなの?」
「勿論違います!! いえ、雇用関係にあるので何もしてもらってないわけではありませんが、私にとって、旦那様はそのお姿を見られるだけで幸せな気持ちになりますので…!」
「そう! そういう気持ちよ! そういう感情になる人たちのことを『アイドル』っていうのよ!」
「はぁ、なるほど……わかったような気がします。しかし『あいどる』などという言葉、お嬢様はどこで学ばれたのですか…?」
ギク。
確かに急に色々話し過ぎちゃったかもしれないわね…。アブナイアブナイ。
「ん、んーとね……自分で作った言葉なのよ! さっきのアリサとの話で思いついた、新しいビジネスっていうか……」
しどろもどろになりながら答えると、アリサはその目に尊敬の光を宿して
「流石はお嬢様…グロワール王国で最も経済手腕が優れていると言われる、ノース家のお嬢様でございます…!」
あ、あはは……。
「しかしながら……その、『あいどる』というのは、教会の者から眉を顰められるかもしれませんね。」
「へ?…な、なんで?」
「ご存知の通り、『あいどる』に近いことを教会が行なっているからでございますよ。
光の魔力を持つ聖女の皆様は、年に数回ある巡礼の際、パレードなどをして喜捨を集めております。これはお嬢様の言う『らいぶ』に近いものなのではないでしょうか?
収益はもちろんですが、憧れの感情も教会の求心力としたいが故ではないかと愚考致します」
な、なるほど…。
確かに言われてみれば、そうかもしれない。
「つまり、聖女様以外に憧憬の念を持つこと自体が良しとされない可能性……ってことよね」
「左様にございます。そもそも、一神教である我が国の民にとって、憧憬の念は女神フレイア様か、その使徒である聖女様に向けるものかと。下手をすると、異教徒の認定を受けかねないかと…」
し、宗教めんどくさ…。
確かに前世でも宗教問題は歴史に多くを残しているし…いや、アイドルは神じゃないんだけどなぁ。
「…そうね。ひとまずお父様に相談してみるわ」