【第0話】プロローグ
初作品です。よろしくお願い致します。
「ッあ〜〜! ほんッと、出版社様々ですわぁ…」
深夜のためか、見渡す限り人がいないのをいいことに、大声で独り言を言いながら住宅街を軽い足取りで歩いている女がいた。
私は佐々木 夢。特段大きい規模ではないが長く続いている会社で、給与水準ギリギリではあるものの業績が悪いわけではない部署の、つまりはごく平凡なOLだ。
今日も、今年入社したばかりの新卒の女の子に
「え〜? 佐々木さんって今年30なんですかぁー! 見えな〜い! 若ぁ〜い!」
と、一見すると褒め言葉のように聞こえる『その歳でまともに化粧も出来ない、垢抜けてない女』という嫌味を織り交ぜた嘲笑を受け、
自分よりも倍近く働いている、所謂お局と呼ばれる先輩からは
「佐々木さんアナタね、結婚する気がないのは自由だけれど、アナタのせいで若い子達から結婚しずらい会社だと思われてるのよ。全く……いい歳なんだから、少しは着飾ったりしたらどうなの?」
と、人事に聞かれたらセクハラ認定待ったなし! な台詞を言われる、いつも通りの日々を過ごしていた。
確かに周囲の指摘通り、夢は自分の装いにお金をかけていない。いや、別に夢とて着飾りたくないわけではないのだ。しかし、いかんせん、お金が足りない。
「えーっと、今日の雑誌はとりあえず3冊買って………あとは週末のライブ代とチェキ代、グッズ代……月末は大阪遠征か。ん〜! お金、足りないわ〜!!」
日中のデスクワークで凝り固まった背中をグッと伸ばしながら、もはや独り言とは言えない声量を深夜の住宅街に響かせる。
今日は、私の推しーー大好きなアイドルグループ『プリズムダンディ』、通称プリダンが初めて雑誌の表紙に掲載されるのだ。
厳密には明日が発売日なのだが、コンビニでは日付が変わったタイミングで陳列されるという噂を聞いたため、こうしてコンビニを目指して深夜徘徊をしている。
そう、夢は
『三度の飯よりアイドルが好きな、ドルオタ』
という人種である。
節約のために主食は基本もやし。35度を記録するような真夏でも扇風機で耐え凌ぎ、なんとか推し活のお金を捻出している。
だけど、私は幸せだ。
「だって推しの表紙を手に入れられるんだもの! 実質タダ(?)よね…!」
……推し活とは、ここまで人を、価値観を変えてしまうのか。
離れて暮らす母が聞いたら、膝から崩れ落ちてしまいそうな理論を口ずさみながら、夢はコンビニへと急ぐ。
ここまで人通りがなかったから、油断した。
ろくに確認もせず交差点を曲がると、目前には避けられない距離のトラックがこちらを目指していて、
ーーーあ、これは、避けられない。
ただ事実としてそう感じていると、ヘッドライトが視界を白く染め、ただただ光が、夢を飲み込んでいった。