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  作者: 櫻美
8/32

その八

陽が本格的に沈み始め、辺りは街灯がちらほら

灯を点し始めた頃。果てしなくどこまでも続く

海原を飽きずにぼうっと眺めていると

一人が口を開いた。

「そう言えばさ、飯って何時なん?

まだ時間あるんやったら風呂行きたいねんけど」

「七時からって言うてたで」

その一言で自然と残りが時計に目をやる。

時計はもうすぐ七時になろうとしていた。

「飯食ってから風呂行こか、それでい?」

「いいよ、部屋帰って来てからちょっと呑みたいな」

「もう、下降りよか。お腹すいたし」

と言うわけで、私たちは一階に向かう事にした。

向かう途中で他の社員達と全く会わないもんで

本当に来ているのか私達は不思議になって来た。

だが、宴会場の前まで行くと一人の社員が

私達四人を席まで案内してくれた。

他の社員、十数人が既に席に着いていたので

私達四人も加わり皆んなで食事する事になった。

社員旅行は全員で行くと人数も多く

大変だと言う事で二回に分けて行われる。

ちなみに他のグループは白浜に行く予定らしい。

同期か後輩ばかりだったので変に気を遣わなくて

いい分、気楽に飲み食い出来てよかった。

東京から出て来た頃は毎日不安で仕方がなかった。

右も左も分からず、窮屈な毎日なので

少し気が滅入った事があった。

この会社に入社した頃の事は良く覚えている。

暫く鬱に悩まされた私は徐々に回復しだし

そろそろ働かなければいよいよ生活も厳しく

なって来た頃に入社が決まった。

北田を含む他の同僚達とすぐに意気投合し

歳には若干の差はあるがお互い

気にしたことも無いので、つい最近まで

知らなかった者もいる。

食事を終えた私達は一度部屋に戻り

すぐに大浴場へと向かい一日の疲れを癒した。

さっぱりとした状態で四人で部屋に戻り

買って来た缶ビールで改めて乾杯し直した。

飲み始めてから、二時間程経ってから

一人が寝てしまったのでそれっきりで終わりにして

残りの三人も横になる事にした。

部屋は静まり返り豆電球だけが

寂しそうに頼りなさそうに部屋を照らす。

横になり暫く目を閉じていたが、一向に

寝れそうな気配がなかった。

暇になった私は「寝た?」と三人に

問いかけてみたが、返事はなかった。

そこからまた、目を閉じていたがやっぱり

寝れないのでとうとう布団から起き上がって

煙草でもと思ったが、なんだかぐっすり

休んでいる三人を起こしてしまったら

悪い気がしたので、部屋から出て

一階のロビーで吸う事にした。

部屋から出て一階に行くまで誰とも会わないし

物音一つしないので心細い思いをしながら

一階まで降りたが、一階まで来てみると

食器を片す音や、従業員同士の話し声等が

聞こえて来たので少しばかり安心した。

音が聞こえる部屋を横切ってソファーに座ろうと

思ったが来た時に外に喫煙のスペースが有ったのを

思い出して、わざわざ外に出て一服する事にした。

木のベンチに腰掛け辺りを見てみると

真っ暗で殆ど何も見えやしなかったが

暗闇の中で夜風にあたった木がザワザワと

音を立てて大きく揺れているのだけがわかった。

後は、足元ばかりを照らすライトが幾つかと

小さい池がある。暇な私はその池を覗くと

赤やら金やら鮮やかな色を持った鯉が

何匹か身体をくねらせて泳いでいた。

少しの間、しゃがんで見ていたが膝が痛いので

また、ベンチまで戻ろうと立ち上がり

振り向いて歩き出すと、玄関の硝子に何やら

人影の様な者が写った気がした。どきっとした私は

すぐに立ち止まりそっちをじっくり見てみた。

だが、どれだけ見ようとも何にも無いので

気のせいと言い聞かせまた、歩きだした。

ベンチに腰掛けて、もう一本煙草に火をつけた時

今度は目の前にある木が不自然な音を立てた。

気のせいなのか?と段々疑い始めた頃

木の影から手拭いの様な白い布きれが

地面に静かに落ちた。


「あの、誰か居るのですか?」と思い切って

木の影に潜む者に尋ねてみた。だが、

返事も無ければ、手拭いを拾おうともしない。

気味が悪かったが煙草の火を消して

木の方へと向かっていた。二メートル程近づくと

白い浴衣を纏った女の姿が見えた。

顔は両手で押さえ込む様にしてあるので

顔までは確認出来なかった。驚いたが、私はゆっくり

木の影に近づき、腕を伸ばせば木に触れる位の

距離まで来た所でもう一度声をかけてみた。


「どうかしましたか?」さっきよりも

自分なりに親しみやすいように声をかけてみた。


「いえ、何にもございません」

はっきり聞こえたが少し震えている様だった。

ここまで来ると気味の悪さよりも気になってきた私は

もう二歩程、木に近づき今度は浴衣の柄まで

はっきり分かるぐらいの距離まで近づいた。

中々、顔を見せないので相手の表情が読み取れず

興味本位で近付いたものの、どうしていいか迷った。


「すみません、失礼します」と突然向こうが切り出し

姿を現したかと思えば下を向いたまま足早に

その場から去ろうとした。が、その横顔に

見覚えがあった私は咄嗟に女の腕を掴み強引に

こっちへ引っ張り顔を確認した。


「佳代、なのか」私が女に向かってそう言うと

うるうると今にも溢れそうな目を向けたかと思うと

すぐに私から顔を逸らした。

私はこの女性の事を良く知っている。

それも、何年もずっと前から。


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