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  作者: 櫻美
5/32

その五

会社に行くには電車で四駅乗ってから

十分も歩けばすぐに辿り着く。

駅から会社に行くまでの道中に

大変雰囲気の良い純喫茶がある。

珈琲は勿論のこと美味しいが特にすすめたいのが

ナポリタンである。ランチでよくこの店を利用するが

朝、出社の時間まで余裕があると珈琲を飲みに

立ち寄る事がある。私は腕時計に目をやり

時間を確認した。そして寄って行くことにした。

古くて歴史のある木の扉を引くとカランカランと

扉に括り付けられたベルが鳴る。

ベルの合図と同時にカウンターの中で

食器を洗っていた七十代ぐらいのマスターが

「いらっしゃい」と言いながら濡れた手で

カウンター席に私を誘導した。

店内はカウンター五席と二人掛けのテーブルが

二つだけと大人数には向かない店だった。

腹は減っていなかったので珈琲だけ

注文して、とりあえず煙草に火をつけ

適当に雑誌をペラペラめくりながら珈琲が

出来上がるのを待っていた。すると、すぐに

豆の香りがカウンターから店中に広がり

無意識にクンクンと鼻を動かして

目一杯に香りを吸い込んでいた。

「どうぞ」と優しく微笑んで

私の前に陶器のコーヒーカップが置かれた。

真っ白な所へ一輪の薔薇が描かれたカップから

珈琲の良い香りと共にゆらゆらと上品に湯気が上がる

まずはしっかりと香りを堪能して

そのままカップにそっと口をつける。

一口飲んで、もう一口欲しくなり二度飲んでから

一度カップを置き、再び雑誌に目を通しながら

こういった事が本当の幸せと言うものかしらと思い

何となくガラス越しに店の外で忙しそうに

歩く人や、自転車で通り過ぎる人を眺めていると

カウンターの向こうから「如何ですか?」と

声をかけられた。少し驚いて声の方を向くと

その声の主はマスターだった。私は驚いたのと

あんまり質問の意図が分からず、戸惑ってしまった。

すると、それに気がついたマスターが

さっきとは少し質問の仕方を変えて

「珈琲、美味しいですかな?」と丁寧に

聞き直してくれた。

私は「はい、美味しいです」と即答してみせた。

「ハハハハハ、そうですか。それは良かった」

マスターはすごくご機嫌な様子で笑っていた。

「いつ来ても、美味しいです」と

私は良くこのお店を利用していると言う事を

言いたいのと、マスターが私の顔を

覚えてくれているのかと探りたい一心で

我ながらいやらしい返答をしてしまった。

そしたらマスターは姿勢を少し横に向け

キッチンに手をつく様な体勢にわざわざ変えた。

やっぱり覚えられてはいないかとドキドキしながら

マスターの次の一言に注目して見ていた。


「えーと、確か一年半、いや、もう少し前かな?」と

独り言の様にぽつりと。私は黙ったまま次の

言葉を待っていた。


「初めて来て頂いてからもう、

二年程経ちますかね?」それを聞いて私は驚いた。

大阪に出てきてから、今の職場に就職して

初めて会社の近くで立ち寄ったお店が

この喫茶店だった。マスターが言う通り

今年で二年目だった。私は興奮して


「まさか、初めて来た頃から覚えて頂いてたなんて」

「そりゃあね。一日だけなら流石の私も

忘れてしまうけど、ずっと通ってくれるもんだから」


そう言ってマスターは微笑んだ。それに釣られ

私も自然と口元が緩む。

今日は朝から心持ちが良かった。

優雅な時間を過ごしていたがカランカランと

扉が開いてからその空気をぶち壊される事になった。


「おう、ひで。朝におるなんて珍しいな。」

「よう、」

「マスター、アイスコーヒー」


返事をしたマスターは会話をやめて

また、仕事に戻ってしまった。

私の横にどすんと座り、手で顔を仰ぎながら


「どうしたん、今日は早いやん。」


「今日はちょっとね、何となく」


「朝も来る事あんねんな、昼だけおもてたわ。」


「たまにね。北田こそ珍しいな」


「俺はこう見えて結構早起きすんねん。

ここの店ええよな、珈琲も料理も美味いし」


どうも。とマスターが微笑みながら

北田の前にアイスコーヒーを置いた。


「すいません、大きい声で。頂きます」


彼がストローで珈琲を飲む姿を横目で見た私も

釣られてコーヒーカップを持ち上げる。

北田がグラスをまたコースターの上に置くと

中に入った氷がカランと涼しい音を立てて

形を変える。よく冷えている様だ。

大阪に来てすぐの頃は言葉遣いや、横柄とも思える

豪快な態度には少々苦労しあんまり

居心地が良く思える土地ではないかとも思ったが

今は、ちっとも気にならなくなった。

良く言うと人間味のある者が多い様に思える。

入社した頃も言葉は荒いが面倒見は誰も良かった。


「来るんやったら誘ってくれたらええのに、

一人で居ってもしゃあないやろ。」

「なんでわざわざ朝から誘うんだよ。

一人の方がのんびりと出来るからね」

「冷たい奴やなー、こんな奴によぉ彼女なんか

出来たもんやな」

「ハハ、それは関係ないだろ?」

「どうなん?最近。あんまり話聞かんからさ」

「別に。仲良くやってるよ」


少し嫌な方へと話題が進んでしまった。


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