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  作者: 櫻美
25/32

その二十五

風呂上がり、濡れた髪を懲りずに放置して

窓際で頬杖でもついてみた。

外は真っ暗な景色が広がるが、その中でも

波が大きく揺れる様はくっきりと見える。

その波はまるで今の私の心を映し出したかの様な

複雑で荒い動きを見せつける。

佳代を迎えに、ただ目的はこれだけだった筈だが

出会って一週間と経たない女に惹かれ

佳代が目の前に居てもあの女と重ねて想像して

そんな自分を酷い男だと再確認する。

そこで少し過去の事も思いだす。

やはり私の周りにいる者は誰一人として

幸せになった奴はいない。そんな私があの女に

手を差し伸べたとしてもきっと幸せには出来ない。

そして、佳代の事もきっと。けれども

此処に残して私が一人で帰ったとしたら

佳代はきっと酷く傷ついてしまう。

残しても、連れて帰ってもどちらにしても

私は佳代を苦しめる事しかもう出来ないのだ。

何故なら私と関わるとどうも周りの者は

不幸になるばかりだからだ。

窓ガラスに映る自分と目を合わせながら

「どうすればいい?」と問いかける。

無論答えは返って来ず、その代わりに

虚しさだけが後から襲いかかってきた。

コンコン、ガチャ

「夕飯食べてないでしょ?

消化に良いものと思って特別に」

お盆に乗っけられた器の中を覗くと

湯気と共に出汁の匂いが香った。

「うどんなら食べやすいでしょ?」

「うん、わざわざ有難う」

ぎこちなさが言葉や態度に出てしまう。

後ろめたい。この言葉が今の私にはぴったりだった。

やっぱりあの女と重ねてしまう。

実は言うと扉が開いた時に私は勝手に

あの女だと思い込んで、佳代だと分かると

がっかりとしてしまった。

「どうかしたの?」

「ううん、頂きます。」

「本当に体調はもう大丈夫なの?」

「平気平気、大丈夫だよ」

「そう?顔色あんまり良くないよ?」

言いながら佳代は手を伸ばして

私の額に軽く触れる。

ああ、求めているのはこの手ではなかった。

箸を手に持ったまま固まっている私を見て

やっぱり佳代は心配する。

「ちょっと熱いかな?明後日の帰る日までに

回復してくれれば良いんだけど。」

「食べてまた一眠りしたら朝には治るよ。」

「そうだといいね」

微笑む佳代を見て漸く箸を動かし始めたが

味わって食べるほどの余裕はなかった。

食べ終え煙草を吹かすと佳代は

「それを辞めたら早く治るんじゃなくて?」

意地悪な事を言うもんだからこっちも

意地悪な言い方で返した。

「煙草を吸う奴は嫌いなの?俺のことは?」

「ハハハ、何それ、」

「好きなの?嫌いなの?」

「もちろん…」

「はっきり言ってくれないと分からないよ」

「好きよ?変なこと聞くのね」

「何があっても俺の事好きなままでいてくれる?」

「そりゃそうよ、」

私の心の中を佳代が覗いたとしたら

果たして同じ返事をするだろか。

あの女を想っているくせに

これから先もずっと私の事を

想い続ければいいと、死ぬまで好いてくれと

本気で思った私はもう、どうしようもなかった。

「それじゃ、仕事に戻るね」

「うん、」

ゆっくりと扉は閉まり再び部屋は静まり返る。

すっかり緩くなってしまった残りを食べてから

腹が満たされた私は知らないうちに眠っていた。

次に目が覚めたのは午前五時ごろだった。

食べ終えた器は片付けられており

掛け布団はしっかり被せられてあった。

佳代だろうと思いながら立ち上がり顔を洗って

煙草を手に取り吸い出してから

テーブルの上に一枚の紙切れが置いてあるのに

気がついた。その紙切れを手に取り文字が透けるので

ひらりと裏返してみると短い文でこう書いてあった。

「お身体はどうかしら?

お目覚めになったら少しお話でもと思いまして」

本来ならば全く要領を得ない文だが

私には誰が書いたもので、何処で待っているのか

はっきりとわかった。だが、これを書いた者の元へ

行こうか行かまいか迷ってしまっていた。

待っている者の為にも自分自身の為にも。

手紙を持ったまま反対の手の煙草はすっかり

灰ばかりになり、今にも床に落ちそうだった。

火を消して一度椅子に座り海を眺めながら

もし私が行かなかったとしたらあの女は…と

悪い想像ばかりしてしまうので

結局私は部屋から出てしまった。

空は薄暗く辺りはまだぼんやりしており

風はひんやりと一瞬にして私の身体を冷やし

足取りはやっぱり重たかった。

砂浜まで着いてから辺りを見渡してみたが

人の気配はまるで無かったので見当違いかなと思い

少し先まで歩みを進めて行くと、海の側で

しゃがみ込んでいる者が漸く現れた。

後ろから徐々に距離を詰めて行くとその者は

こんなにも寒いと言うのに手をつけて砂を拾い上げ

それをまたゆっくりと水の中へ戻す。

私の存在には気づかないで同じ事を何度も繰り返し

周りなどまるで見えていなかった。

「貴方ですか、手紙を置いたのは」

「ええ、よくわかったわね」

「他に心当たりがありませんから」

「ハハハ、ご名答。」

女は振り返りもせずに答えた。




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