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  作者: 櫻美
22/32

その二十二

女が部屋から出て行き一人になってから

私はまた頭の中を整理し始めた。

私はつい先日までおよそ十年近く想い続けた女との

再会を心から喜んでいたばかりだった。

そして、迎えに来た筈だったが。

私はもう自分自身が分からなくなってしまった。

煙草を吹かしながら窓の外を眺めていると

海の近くに人が歩いているのが見えた。

気になって一点に集中しながらじっと見つめると

女が一人いることがわかった。

あんな所で何を?と疑問に思っていると

女は草履を片方ずつ脱いでそれを両手に持ったまま

段々と波の方へ近づいて行くのだった。

その光景を見た私は放って置けなくなり

火を消して急いで女の元へと走った。

女の姿が漸くはっきり見える距離まで来た時

私は肩で息をしながら女の行動を見守った。

女は呑気に鼻唄を歌いながらゆっくりゆっくりと

砂浜に足跡を残して歩いて行く。

ただの散歩だろうか、少し考え過ぎたか。

その後も暫く女はゆっくり歩みを進めるだけだった。

しゃがみ込んで女を少し観察していたが

何にも起こりやしないので立ち上がり

部屋へ戻る事にした。

背中を向けて十メートル程だったか

元いた場所より離れた時、後ろの方で

ざぶんざぶんと水が荒い音を立て始めた。

「おい!」

咄嗟に乱暴な声を掛けたが女は一向

構わない様子だった。

私は自分が履いている草履を脱ぎ捨てて

一目散に女の元へと駆け寄った。

指先にかかるだけでも全身が冷えるくらい

冷たい水の中をかき分けてただがむしゃらに 

女の腕を強引に掴んだ。女は驚いたのか

ハッとした顔ですぐさま私の顔を見た。

お互い胸の辺りまで水に浸かり波も荒いので

とりあえず私は女を抱き上げて砂浜におろした。

「何やってたんだ?本当に死ぬぞ」

この時の私は興奮しているあまり

口の利き方まで気が回らなかった。

「えぇ、そうとも。死のうとした事に

違いなんてありませんわ」

女は平然とした顔でこう答えた。

まるで私の方が間違った事をしたかのような、

少し気味が悪かった。

「何があった、何故死のうとする?」

「貴方に関係あって?」

「あります」 「何故?」

「あるに決まっているからです」

「ハハハハ、またそんなくだらない」

女は砂浜の上で足を前に伸ばし後ろに両手をついた。

空に向かって大笑いし、また白い歯を見せる。

さっきとはまるで別人の様な気がしてならなかった。

私は女と同じ格好で会話を続けた。

「そっちの方がよっぽどくだらないです。」

女はちらっとこっちを見ただけで

その後何も言わなかった。濡れた着物姿のまま

ただ、黙って海を眺めていたのだった。

そして、しばらく黙り込んだと思ったら

「この世で一番くだらないのは男よ」

とても冷たい声だった。

「男ほどくだらないものなんてないわ」

繰り返しそう言った。

あまりにも意味を込めてそう言うので

訳を聞きたかったがこの時はできなかった。

もっと言えば女を怖いとすら思い始めていた。

また長い沈黙に包まれ始めた私達は

濡れた服を纏い雫がポタポタと垂れる事さえ

気にも止めず、ただ波の音を聞き遠くの海を眺めた。

気づけば身体は完全に冷えきり手と足先は

感覚さえ鈍くなりつつあった。それに気づき始めて

女の顔を横目で見たが女は一切気にする様子はなく

どうでもいいと言いたげな顔だった。

自分から「旅館に戻ろう」と言い出そうかとも

思ってもみたが、この女の事なのできっと

「寒さに耐えきれなくなって、情けない男だね」

とか何とか言って冷やかして白い歯を見せて

笑われるに決まってる。だが、このままずっと

ここにいる訳にも行かない。

何か良い方法は無いかと思っていると

旅館の従業員の一人が中々この女が帰らないから

探していた所を女と私は見つけられた。

従業員の男は私達二人の格好を見ると

驚いた声で

「一体何があったんです?その格好

お二人共風邪ひきますよ。さ、早く帰りましょう」

「いや、実はね私魚が見たくってついつい夢中で

海に近寄ったら足をとられてしまって、

この人が手を貸してくれたんです。」

「はぁ、」

男はそれだけ言うと私の事を上から下まで

ジロジロ見るだけ見て歩き出していった。

その時見せた男の眼は女が言った事に対して

疑いを抱いた眼だった。

旅館に着いてから女とは離れ私は

自分の部屋に戻り着物を全部脱いで

タオルだけを身体に巻いた状態で着替えをどうするか

一人困っていた。とりあえず自分の服に着替えようと

思っていると部屋にさっきの男が訪ねて来た。

「すいませんね、風呂は今使えませんから

こちらに着替えて下さい。風邪引くといけません」

「有難うございます」

「それでは、失礼します」

早速着替えを済ませて煙草に火をつけた。

座った途端酷く身体が疲れている事に気づき

火を消してからそのままテーブルに突っ伏して

眠ってしまっていた。



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