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  作者: 櫻美
21/32

その二十一

佳代が部屋を出て行ってから私は知らぬ間に

眠ってしまっていた。次に目が覚めたのは

朝の六時頃だった。窓辺にあるソファーで

そのまま眠ってしまっていたが肩に

ブランケットが掛けられてあった。

恐らく佳代だろうなと思ったと共に

せっかく来たのに関わらず眠ってしまって何だか

悪い事をした様な心持ちになった。

まだ少し寝ぼけた身体で煙草に火をつけ

波の音に誘われるように自然と窓の外に目が向く。

今の季節は夏の暑さが漸く落ち着き始め

ひんやりと冷たい風が吹き始めた頃だった。

外で吹く風が窓を振動させ

耳を澄ますとヒューヒューと音がする。

朝食の時間までまだ少し時間があるので

せっかくだから海辺を散歩しに行く事にした。

旅館を出てから海までの距離は歩いて

五分とかからないくらいに近かった。

海に近づくにつれ風は勢いを増して吹き

潮の匂いが強くなった。

寒さで身体に力が入る程だったが

まだ寝ぼけた身体を起こすには良い目覚ましだった。

左手には一面に広がる海。そして、右手には

私の背を遥かに越えた木々が広がっていた。

青空と海を交互に見ながらゆっくりゆっくりと

歩みを進めていると、こちらに向かって私と同様

ゆっくり歩みを進める者がいた。その者は

お互いが顔を確認できる距離まで来ると

「あら、おはよう。」と意外そうな顔で言った。

「おはようございます」

「昨夜はゆっくり出来て?」

「はい。すっかり疲れがとれました。」

「それは良かった。お散歩へ?」

「ええ、たまたま早く目が覚めたんで。」

「そう。ここの景色は特別だわ」

「そちらもお散歩ですか?」

「どうかしら?そう見える?」

「ええ、まあそう見えます」

「探しているのよ」

「何を?」

「死に場所を」

まったく要領を得なかった私は驚きのあまり

何も言わないでただ女の顔を見ていた。

女は私の顔を見るや否や

白い歯を見せて大きく笑った。

「ハハハハ、あなた私の事

変な女と思ったでしょう?からかっただけよ」

「驚きました。冗談ですか?」

「当たり前じゃない。驚いたの?」

「えぇ、そりゃ驚きます。」

「あなたは揶揄いがいがあるわ。面白い。

朝は冷えるから程々にして戻った方がいいわよ。」

「はい、そうします」

私が返事し終えると女は微笑んで

私の横を通り過ぎて旅館の方へと歩き出した。

振り返り女の後ろ姿を私は小さくなるまで

見つめていた。

気がつけば辺りは段々と明るくなり始めていた。

女と離れた位置から二十メートルぐらいだけ進んで

すぐに旅館の方へ引き返して来た。

部屋に戻り煙草を吹かしていると

佳代が朝食を持って部屋に入って来た。

「どこか行ってたの?」

「うん、ちょっと散歩に」

「さっき来たんだけど居なかったから。

やっぱり海を見に行ってたの?」

「うん、良い景色だね。良い目覚めになったよ」

「ハハハ、そうでしょう?」

世間話をしながらも佳代は手元を休めず

朝食をテーブルの上に用意し、お茶を淹れ

布団を綺麗に畳んでくれた。仕事とは言え

気が効く良い女だと思った。

きっと幸せにしてやりたいと思ったが

それと同時に私は自分には自信がないと思った。

あの女の顔が頭の中でチラついてしまうのだった。

まだ、この現象に名前は付かないが

付いてしまったらいけないような気がして

一週間近くの宿泊を予定していたが早いところ

佳代を連れてこの地から離れた方が良いと思った。

「どうかしたの?暗い顔して?」

「ううん、それより佳代はいつでもここから

出て行ってもいいの?」

「一応今月迄って話なんだけど、どうかな」

佳代は少し困った顔をしてしまった。

私は自分の思いついた通りにどうも

ことが進みそうにないので少し参った。

「そうか、なら俺だけ先に大阪に戻ろうか。

辞めてからとりあえず家に来たら良いよ」

「ええ、でも秀ちゃんそんなにすぐに帰っちゃうの?

一週間ぐらいはここにいるんでしょ?」

「そのつもりだったけど」

今度は私の方が困ってしまった。

「お仕事?」

「うん、ちょっと」

「それなら仕方がないけど

宿泊代無駄にならない?」

佳代の言う通りだった。そこまで考えておらず

ハッとされられたがまだどうしようか迷っていた。

確かに金は無駄になるが正直な所、今私は

あの女が気になって仕方がなかったのだ。

結局佳代は仕事に戻ったので話は進まず終わった。

朝食を食べ終えてからぼんやりと海を眺めていると

部屋を訪ねてくる者が居た。

「片しちゃって良いかしら?」

「はい、ご馳走様でした」

「退屈そうにしちゃって。」

「退屈なんかじゃないんですよ。落ち着くんです」

「ハハハ、またそんな事言って。所で

どうして此処へ?」

「旅行です」

「へぇ、一人で?」

「はい、以前社員旅行で来て気に入ったんです」

「そう、あんまり若い人はましてや一人でなんて

中々来る事ないから珍しくてね。」

「そうですか。やっぱり変ですか」

「ハハハハ、まぁ、変と言われれば変ね。

本当はそれだけじゃないんでしょうけども」

女は何か知っている様な、言いたい様な

私にとって決まりの悪い事を言い残して

部屋から出て行った。


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