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  作者: 櫻美
20/32

その二十

腹を満たした身体で部屋で休んでいると

また、扉に合図があった。

立ち上がり訪ねて来た者を確認すると佳代だった。

要件を聞くと、風呂の時間が決まっているらしく

今は空いているからとすすめて来たのだった。

「有難う、さっぱりしてくるよ」

「場所はわかるよね?」

「うん、大丈夫」私が言い終えると

微笑んで佳代は部屋を後にした。

佳代の言う通り私は風呂の支度をして

早速大浴場へと向かった。確かにそれ程

人は多くなかった。空いている所を見つけ

熱めのシャワーで頭からそして身体へと

一日の疲れと汗を洗い流した。

洗い終え、いよいよ浴槽に浸かった時に

私はさっきの自分をよく思い返した。

部屋に訪ねて来たのが佳代だと分かった時

私は佳代の顔を見て正直、少しがっかりしていた。

あの女が来たと勝手に思い込んで更には

期待までしていたのだ。

湯に映る自分の顔を見つめ

自分の事をどうしようもない奴だと思った。

風呂から出て自分の部屋に戻りとりあえず

煙草に火をつけて、また外の海を眺めた。

そうしているうちにまた眠ってしまい

次に目を覚ましたのは扉を叩かれた時だった。

扉を開けると佳代が立っていた。

部屋に招き入れとりあえずテーブルを挟んで

対面になるように二人とも腰掛けた。

格好を見るとまだ着物姿のままだったので

気になって聞いてみると、お客が利用する間は

風呂にはまだ入れないらしくこのままだと言う。

仕事は片付いたので後は時間が来て風呂に行くまでの

空き時間みたいなもんらしい。

なるほどと聞いていたが話の途中で私は

例の話を思い出した。それに、佳代の今までの事

何故その男と出会い、ここに勤める事になったのか

婚約しているとか言う相手はやはりあの男なのか。

是非詳しく聞いておきたいと思い

「佳代の今までの話を聞かしてくれないか?

どうしてここへ?俺が最後に聞いた時は

確か大阪?で仕事しているって聞いてたから

こんな所で会うなんて驚いたよ」

「ハハハ、その事ね。少し長くなるんだけどね。」

また、この話になると顔が曇る。

話を聞くと本当は交際していると言うのは嘘で

佳代は元々大阪にあるホテルで働いていた。

そこで一緒に働いていたのが例の男である。

名は上原と言う。この上原と言う男は

実家で働く前に他所で接客やおもてなしの心を

学んで来いと命じられ両親の知り合いが働く

大阪のホテルに勉強しに勤めていたと言う。

佳代は人間関係が上手くいかずに悩んだ末

ホテルを辞めることに。その佳代に

「うちで働けばいい」と声をかけたのだった。

「それはそうと、なんで婚約しているなんて

そんな嘘を俺についたんだ?」

「それは…」佳代は言いにくそうにしていたが

正直に私に全て打ち明けて話してくれた。

十年前、別れを切り出した佳代だったが

本当は明美の言った事を間に受けておらず

ただ、少しの疑いが残っていた為

私からきっぱりと否定をしてもらい

自分を安心させたかったので

わざわざ別れ話を持ち出したのであった。

ところが、私は否定する事もせずにあっさり

「わかった」と去って行ったので酷く私に失望し

嫌悪感さえ抱いたと言う。そのままずるずると

音沙汰ないまま過ごし、気がつけば私が

明美を連れて地元から去って行った事を知り

私の事を静かに恨んでいたと言う。

「だけどずっと秀ちゃんが好きなままだった。

嘘をついたのはね、嫉妬して欲しかったの。

一緒になれなくても秀ちゃんが誰かと結婚しても

ずっと頭の片隅に私の存在を残して欲しくて。」

「明美の事知ってたんだね」

「うん、知ってた。」

「そっか、本当にご…」

「言わないでそれ以上。もういいの。

ちゃんと迎えに来てくれたからいいの。

それに、謝られるとなんだか惨めじゃない。」

そう言うと顔を上げて優しく微笑んだ。

微笑んだ顔をみて私は自分が如何に

最低な野郎か思い知った。

十年前、佳代は兄を失い酷く傷ついていた。

兄を失ってからすぐ恋人をも失った。

その時期に佳代が負った傷は誰にも計り知れない程に

深く深く、そして大きな傷だっただろう。

その傷をつけた私に十年経った今では

穏やかに微笑みこんな私を好きだと言った。

私はこの笑顔を守れるかどうか正直自信はなかった。

「それじゃ、上原とか言う男とは

何にもなかったんだね?」

佳代は少し黙ったのちに重たい口を開いた。

「実は何にも無いわけじゃなくて。」

佳代は以前の職場にいた頃

頼りになるのは上原だけだった。

弱った自分には特別な存在に思えて

気づけば好意を持つように。

この旅館に勤め始めてから

二人は一線を越えてしまった訳だったが

恋人まで届かぬ関係のままだった。

そして、ある日歳上の美人さんが来た日から

ぱったり上原との関係は終わり暫くして

「結婚する事になった」と急に告げられたと言う。

佳代はと言うとそれを聞いて完全に吹っ切れたらしく

私が心配するような事は何もなかった。

「そんな事もあってここの旅館も秀ちゃんと

会う前から辞める事は話していたの。

地元に帰ろうかどうしようかって思ってて。」

「そうだったのか。その上原と結婚する人は

ずっとお付き合いしてた人?」

「ううん、親から紹介されたらしくってね。

初めは強引に話を進められてって

愚痴もこぼしていたけど、会ってみたら

綺麗な人だったからすぐに手のひら返していたわ。」

佳代はくだらないと言いたげな顔だった。

「その人はこの旅館に?」

「うん、秀ちゃんみてない?」

「どうだろう、顔が分かってないからね」

「すらっと背が高くて歳は秀ちゃんより

三つか四つか上だったと思うけど、

ほら、黒髪の!案内とかされなかった?」

私はそこまで聞いて漸くあの女を思い出した。

「あぁ、来た時に会ったよ。あの人が相手?」

「そうそう、私と上原さんの関係を

知っているみたいで少し気まずくて。

あんまり話した事ないの」

何かある様な少し私の考えすぎか。

「その人の名前は?」 「京子さんよ。どうして?」

「いいや、なんとなく」 「そう?」

ボーンボーンと時計は音を立て深夜十二時を知らせた

佳代は時計に目をやると立ち上がり

風呂に行く為に一旦部屋から出て行った。


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