その十八
風呂から出て濡れた髪をタオルで拭きながら
とりあえずリビングへと向かった。
明美は嬉しそうに買ってきたお土産を広げ
「私もいつか連れてってね」と
愛嬌のある反応をして見せる。
嫌な女のままなら苦労はしないが
私を一途に想う明美の純粋さに少なからず
愛おしいと思うこともあった。私と別れた後
明美はどうなってしまうのかと後ろ姿を見ながら
私はしみじみ思った。何も言わないでぼーっと
突っ立ってるもんだから明美は不思議に思い
「どうしたの?具合悪いの?」
「ううん、旅行の疲れかな」
「あんまり顔色が良くないよ?
早いけど横になった方が良いんじゃない?」
「あぁ、いや大丈夫」 「そう?」
明美は不安そうに私の顔を見つめる。
良いタイミングかどうか分からなかったが
佳代の顔を思い出すと早く話を進めたくなった。
「あのさ、ちょっと話があるんだけど」
明美の横に座り真剣な目を向けると
その緊張が伝わったのか「はい」と返事をし
背を伸ばしきちんと座り直した。
「急で悪いんだけど、別れてくれないか?」
私がそう言った途端に部屋中は静まり返り
一気に別の空間へ移ったみたいだった。
「え?」予想通りの反応だった。
驚いた明美はその後何も言おうとしなかった。
「俺と別れてほしい。」
「でも、どうして?なんで?そんな急すぎる、」
「本当にごめん」
「私のこと嫌いになったの?何が駄目だった?」
「明美は駄目なんかじゃないよ」
「だったらなんでなの?」
「俺が駄目なんだ」
「ひでちゃんは駄目じゃないよ?私嫌よ?」
明美の目からは次から次へと涙が溢れて
服を握る手やソファーに落ちた涙は染み込んでいった
私は今も尚、佳代の事を話そうかどうしようか
迷っていた。重苦しい空気、呼吸さえも
大きく聞こえる程の沈黙に包まれた。
「ねぇ、私達本当に終わりなの?」
「うん、ごめん」
「どうしてなのか話してくれない?
私には言えない理由なの?納得できない。
聞く権利ぐらいあると思うんだけど。」
私は少し弱ってしまった。
佳代の名を出すと昔の様に
また、私達二人を引き離そうと働くかも知れない。
だが、ここまで興奮してしまってる以上
「ごめん」だけじゃ納得させれない様だった。
迷い黙り込んだ私の考えを察したかの様に明美は
「もしかして、誰か良い人がいるの?」
その通りだった。見透かされた私は観念して頷いた。
頷く私を見た明美は無論、さらに泣いた。
「私はずっと秀ちゃんの事が、ずっと前から
子供の頃から大好きだったの。だから、
今、本当に幸せなのに。秀ちゃんはそうじゃないの?」
「うん。俺は、今まで一度も明美を
好きだと思った事がなかった。
付き合うつもりもなかった。」
ここまで厳しい事を言うつもりはなかったが
昔、明美の手によって引き離された私は
自分が思っている以上に心の奥底から
明美を恨んでいたみたいだった。
すらすらと冷たい言葉が出た時に私はハッとした。
「そこまで言われちゃうと
流石に諦めるしかないかな。」
はっきり言ってしまった方が
案外すんなり受け入れてくれた。
その後、明美は涙を流しながら微笑み
「わかった」と言った。
この日から一週間ぐらい経った日に
明美は仕事を辞め、漸く荷物も纏まった所で
とりあえず実家に帰る事になった。
私は休暇をとって佳代の元へ行こうとしていた。
早朝から動き出し、眠った明美を残して
まだ薄暗い外へ出掛けた。
佳代の連絡先を知らないのでとりあえず
宿泊の予約だけとっておいた。
順調に思うがままに事を進めているが
やっぱり不安は拭えなかった。
あの日の夜、確かに佳代は頷いた。だが、
今になって一回頷かれただけでなぜ私は
安心して去ったのだろうと。
婚約していると聞いたが、すんなり
別れて私の元へ来ることはあるだろうか。
ここまで根拠もなく勢いだけで来てしまった。
向こうに着いたのはまだ午前九時を少し
過ぎたぐらいだった。せっかくなので一人で
ゆっくり堪能し直そうと思い慣れない土地を
歩き回っていた。夕方まで随分と時間があるなと
思っていたが、何度も道を間違えたりしたせいか
あっという間にいい時間になってしまった。
数日前までは早く佳代の顔を見たいと、会いたいと
ずっと思っていたが今は少し不安な心持ちだった。
宿の前まで来ても不安は拭いきれずに
そのままの心持ちで宿を訪ねた。




