わたしの「碧姫(あおひめ)」①
前の2話とは少し違う「伝奇もの」という感じにしてみました。よろしかったら読んでみてください。
第 3 話 わたしの「碧姫」
「メグ、どうだった? 守魔なんて出せなくっても、お前が無事なら‥‥」
メグの父親のマルタが大きな体を丸めながら心配顔で扉を開けると、小屋の中にはメグと遊んでいる裸の少女がいた。
正確には少女のように見える何かだ。
すらりと美しい肢体の少女の背中には、大きな蝶の羽が生えていた。まるで王侯貴族のマントのビロードのような輝きを持つ碧い羽だ。
「お父ちゃん! あたしの友達の「碧姫」だよ。きれいでしょう。」
嬉しそうに紹介するメグだが、
「あ‥‥そ、そうだな」
少女(のように見える守魔)は顔立ちも美しく、マルタは、自分が裸の少女に見とれてしまっていたことに気付き、慌てて自分の来ていた上着を少女に被せるために脱いだ。
上着を掛けようとすると、マルタの手に少女が手を重ねてきた。細く柔らかな指にマルタは、一瞬ときめいてしまったが、微笑む少女の瞳は深い碧色で、その目には白目が無かった。
驚いたマルタが、慌てて手を引っ込めると、少女は少し悲しそうにうつむいた。
◇
「ただいまー!」
メグの祖父は村の有力者で、家も大きかった。メグの声が響くと、家の奥からドタドタという足音と共に、祖父母の声が聞こえて来た。
「守魔はどうした?」
「良いのよ。守魔なんて! メグ! 無事なの?」
玄関口にそろって現れた祖父母は、まず孫のメグの顔を見て、
「おお! メグ! 元気そうだな。」
「良かったわーっ!」
頭を撫でたり抱きしめたりした。
「あのねぇ、おばあちゃん。あたしのお友達も見てよ!」
抱きしめた孫が指さす方を見た祖母は、息を飲んだ。
「ア‥‥アンナちゃん?!」
そこには美少女に見える守魔「碧姫」が立っていた。
祖父も驚きのあまり、あんぐりと口を開けたかと思うと、
「アンナ!! アンナが帰って来たーっ!」
大声を上げて駆け寄った。
「アンナちゃーん!」
祖母も泣き声を上げながら駆け寄る。
「ア‥‥アンナ?! アンナなの?」
遅れて玄関口に現れた母親は、後ずさりしながら驚いており、祖父母とは様子が違っていた。
「アンナじゃないよ。碧姫だよ。あたしのお友達の碧姫だよー!」
「碧姫?‥友達? あ‥ああ、この子は、あなたの守魔なのね?」
頬を膨らませて抗議するメグと母親のやり取りを、祖父母は冷ややかに見ていた。
そして、この騒ぎについていけず呆然としている父親のマルタに祖母が耳打ちした。
「後から家に来てくれたあなたは知らないのよね。メグには姉がいたのよ。3年前に父親である私達の息子と、一緒に死んでしまったんだけどね。」
守魔を迎えての騒ぎが落ち着いた後で、マルタは祖父母の部屋に呼ばれた。
「あなたに隠していた訳じゃないのよ。わざわざ話すことも無いと思ってね。でも、メグにあんな守魔が出来たんじゃあ、話をしておいた方が良いわよね。」
祖父が黙って腕を組んで座っている隣で、祖母が話を聞かせてくれた。
3年前の話を。
◇
メグの両親は、長女のアンナが産まれてから10年程、子供が出来なかった。しかし、夫婦仲は良かったし、アンナも可愛らしく成長していた。そんな夫婦に待望の二人目が誕生したのだ。
メグの誕生は、本当にうれしい出来事だった。しかし、久しぶりの育児は大変で、他の事はそっちのけで、母親は育児に専念していた。それが原因だったのかどうかは分からないが、アンナと父親が普通ではないくらい親密になっていったのだ。
そして、その頃からアンナは、美しく成長し始めた。
人前でイチャイチャする二人を、祖母も注意したことがある。「親子で仲が良いのは良い事だけど、人目を気にしなさい。変な噂でも立てられたら大変よ。」と。
そんな時、事件が起こった。
祖父母の留守中、メグの具合が悪くなったため、母親が街の薬師の所へ行っている間のことだ。押し込み強盗が入り、アンナと父親が殺されてしまったのだ。
母親が戻った時に、刃物で刺し殺されている2人を見つけたのだ。
祖母は言う。
「あの事件の時、私達は嫁を疑ったのよ。」
しかし、腕っぷしの強い息子が、嫁に刺殺されることなどあるのだろうか。
祖父母は詮索することをあきらめ、残されたメグの成長を見守っていくことにしたのだ。
◇
「でも今日、アンナそっくりの守魔を見た嫁の反応は、私達とはまるで違っていたわね。「アンナが帰って来た!」って私達は大喜びしたけど、嫁は、まるで魔物にでも出くわした様な顔で驚いていた。あの顔を見て思ったのよ。やっぱり3年前、二人は強盗に殺されたんじゃない。嫁に殺されたんだ! ってね。」
「ま、まさかそんな‥‥、そんなことがあるでしょうか?」
話し終えた祖母に、思わずマルタが問うと、
「わしも、それは疑っているよ。」
祖母の話を黙って聞いていた祖父が口を開いた。
「こんな家に婿養子に来てくれたお前には、本当に感謝している。だからこそ、この話をしておくんだ。あの娘‥‥いや、あの守魔が来たことで、この家で何かが動き出すような気がしてならんのだ。」
マルタは、ごくりと唾を飲み込むだけで、何も言葉に出来なかった。