「くろ丸」➁
その日の夕方、ホルスが母ちゃんの所へ行こうとすると、くろ丸がホルスの服の裾を掴んだ。
くろ丸は、じっ、とホルスを見つめている。
「おまえも母ちゃんの所に行きたいのかい? でもお前を連れて行くと、ばあちゃんに怒られちゃうんだよ。」
しかし、くろ丸は裾を掴んで離さなかった。
「‥‥わかった、行こっか。」
ホルスは、くろ丸を抱き上げると母ちゃんの所へ向かった。
母ちゃんの所へ行くと、くろ丸は、ずっと母ちゃんのお腹に耳を当てていた。まるでお腹の子供の様子を確認している様だった。
「じゃあ、そろそろ行くね。」
母ちゃんに挨拶して、ホルスがくろ丸を抱いて帰ろうとした時だった。
「ホルス! そいつを連れてくるんじゃないって言っただろう!!」
ばあちゃんに見つかってしまったのだ。
「今晩、こいつは晩飯抜きだからね。」
ばあちゃんは、くろ丸の首の後ろを摘まんで物置に連れて行くと、戸を開けて乱暴に放り込んだ。そして戸を閉めながら、
「次からは、ホルスも晩飯抜きだよ!」
ミュー、ミュー
物置から悲しそうなくろ丸の声が聞こえてきた。
その日の夕食、ホルスは自分のお膳に手を付けなかった。
「勝手にしな!」
ばあちゃんは、ホルスのお膳をサッサと片付けてしまった。
「お腹すいたなぁ‥‥」
物置の戸にもたれて、ホルスが夕陽を見ていると、物置の中から、
ミュー、ミュー、
くろ丸の声が聞こえて来た。それがとても申し訳なさそうな声に聞こえて、
「だいじょうぶだよ、くろ丸。心配しないで‥‥」
言いかけた時、
きゅーっ、とホルスのお腹が鳴った。
ミュー、ミュー
それを聞いたくろ丸が、再び心配そうな声を出した。
「へへっ、お腹すいちゃったね。」
ホルスが照れ笑いしていると、
「ほれ、持ってきてやったから。隠れて食え。」
さっき、ばあちゃんが片付けてしまったお膳を、父ちゃんが持ってきてくれたのだ。
「二人で分けようね。」
父ちゃんに物置を開けてもらって、ホルスは物置の中で、くろ丸と夕食を分け合って食べた。
その晩ホルスは、そのままくろ丸を抱いて物置で眠った。
その日の晩は、月が明るく出ていた。
物置でホルスと寝ていたくろ丸が、何かを感じて、むっくらと起き上がった。大きな耳を、母ちゃんがいる離れの方に向けている。
そして、はっ、として大きな目を見開いたかと思うと、離れに向かって駆け出した。
くろ丸は、普段は二本足で「ててて」という感じで歩くが、急いでいる時は4本足で駆けるようだ。「だだだっ」と駆け出した。
「うーん、うーん‥」
離れで母ちゃんは、苦しそうにうめき声を上げていた。
それを見たくろ丸は、急いで座敷に上がろうとして、いったん止まって手足に付いた汚れを落としてから、座敷に上がった。母ちゃんの側に駆け寄ると、
「くろ丸ちゃん‥‥来てくれたのね。」
母ちゃんが優しく撫でてくれた。
くろ丸は、すぐにお腹に耳を当てると、驚いたように目を丸くした。
「うん。‥‥駄目かもしれないの。」
母ちゃんが、悲しそうな顔をして、一筋の涙を流した。
するとくろ丸は、ぶんぶん、と首を振って母ちゃんのお腹から離れると、月を見上げて立ち上がった。
そして、手を上げると、ウーン‥と唸り始めた。小さな手を月に掲げて、ウーンと唸っている。
体を震わせて、力を込めて。
しばらくすると、
ポウッ‥
月に掲げたくろ丸の手先に、淡い光が現れた。
くろ丸は、それを見て「うんうん」と頷くと、その手先で母ちゃんのお腹を撫で始めた。
すると手先の淡い光は、くろ丸の手から離れて母ちゃんのお腹に吸い込まれていくように消えて行った。
母ちゃんの顔を見ると、さっきまでよりずいぶん穏やかになっているような気がする。
それを確認したくろ丸は「うんうん」と頷き、もう一度月に向かって手を掲げた。
そしてもう一度、ウーンと唸りながら力を込めて淡い光を出すと、母ちゃんのお腹を撫でてお腹に吸い込ませた。
そしてお腹に耳を当てた。
少しの間、お腹の音を聞いてから、くろ丸は「うんうん」と頷いて母ちゃんの顔を見た。
さっきまでと違って、とても穏やかな顔で眠る母ちゃんの顔を見て、くろ丸は小さくため息をついた。
そしてホルスの所へ帰ろうとしたが、足に力が入らない。急に物凄く眠くなって来たのだ。しかし、帰らないと、また、ばあちゃんに見つかって怒られる。
帰らなければいけないが、瞼が下がって来て‥‥くろ丸は、そのまま寝落ちしてしまった。