ぼくの可愛いアッシュ④
そのケモノは、灰色の毛で覆われ、頭から背中にかけて白いたてがみを持っているが、見た目は絵本に出てくる狼男のようだった。絵本の狼男との違いは、顔が小さく掌が大きい。そしてその大きな掌を振り回すためなのか、肩幅が広かった。
アルは、自分の置かれている状況も忘れて、
「カッコイイ! アッシュ、すごくカッコイイよーっ!!」
はしゃいでいる。
そんなアルに、今の状況を思い出させるように、
グルルル、
オオカミが唸り声を上げた。そして出現したケモノにお構いなしに、アルに向かって助走をつけて飛びかかった。
「助けてアッシュ!助けてーっ!!」
アッシュはしゃがみ込んだと思うと、アルに噛みつこうとしているオオカミに飛びかかり、首を掴むと、そのまま檻の壁に叩きつけた。
ギャウン!!
オオカミが悲鳴をあげながら床に落ちたが、あまり大きなダメージは無さそうだ。その証拠に直ぐに戦闘態勢を取って来た。飛びかかる機会を窺うように体制を低くしている。
「アッシュ! 気を付けて!」
アルが声をかけた瞬間に、オオカミはアッシュに飛びかかった。それに対してアッシュは、体制を低くしながらオオカミの下に潜り込むと、掌に力を込めた。
その瞬間、アッシュの指先から鋭い鍵爪が、ニュッ、と伸びた。
ガウ!
アッシュは、低く咆哮しながらオオカミの喉笛を鋭い爪で横殴りにした。
ザクッ!
ギャウ‥‥
オオカミは悲鳴をあげ続けることも出来なかった。アッシュの鋭い爪により、オオカミは喉笛と言うより、首を大きく抉られて横に倒れると、そまま動かなくなった。
「す、すごい‥‥、強いんだね。アッシュ。」
感心するアルを見上げたアッシュは、しゃがみ込んだかと思うと、アルめがけて飛び上った。
ガシッ
檻の天井にしがみつくと、指一本にだけ鋭い爪を伸ばして、アルを天井から吊っている縄を、ブツッ、と切った。
「わぁ!」
落ちそうになったアルを、優しく受け止めると、自らも天井から飛び降りた。
スタッ。
アルに衝撃が伝わらないように、膝を大きく屈伸させて着地した。
「ありがとうアッシュ!」
アルが首に抱きついて来ると、アッシュは檻の壁にもたれてゆっくり腰を下ろしてから、アルを優しく抱きしめた。
「アッシュは、あったかいんだね。」
アルが温もりにウトウトしていると、光が差し込んできた。
朝日が昇って来たのだ。
◇
「おい、アル! すげえのが、出たじゃねえか!」
朝になると、バズが興奮しながら檻に入って来た。既に目を覚ましていたアルは、バズが来たら言ってやろうと思っていたことがあった。
「‥‥なんか、きらい‥だ。」
「ああん? なんか言ったか?」
アッシュに抱かれて、何か口ごもったようにしていたアルが、意を決した様にすくっと立ち上がって叫んだ。
「おまえなんかキライだーっ!」
すると、「ほう」と呟きながらバズが表情を変えた。
「いい度胸してるじゃねえか! でも後悔するなよ!」
アルに向かって、拳を振り上げた。
「わぁ!!」
アルが頭を抱えた瞬間だった。
アッシュがアルを抱き寄せながら音もなく振り出した腕が、バズの顔面をかすめた。
次の瞬間、バズの顔面に3本の筋が入り、そこから血がほとばしった。アッシュの爪が顔面を切ったのだ。
「ぎゃあっ! いでぇ! いてえよう!」
バズが叫び声を上げながら尻もちを付くと、アッシュはバズを睨み付けた後で、その視線をオカミの死体の方に向けた。
まるで「あんな風になりたく無かったら、アルに手を出すな。」とでも言っているようだ。
「ちくしょう。覚えてやがれ!」
バズは尻もちを付いたまま立ち上がれずに、四つん這いのまま檻から出て行った。
「ありがとう。アッシュ!」
抱き着いてくるアルを、アッシュは大きな手で優しく抱き上げた。
そして勇気を振り絞ったアルを愛しむ様に頬ずりをした。