ぼくの可愛いアッシュ③
グルルル‥
ガリガリ‥
オオカミは唸りながら、隣の檻を爪で引っ掻いたり、鋭い牙で嚙んだりしているが、檻はビクともしないようだ。
やがて、オオカミは隣の檻をあきらめたのか、アルの檻の方へやって来た。
「うわぁ、こっちへ来た‥‥。アッシュ、こっちへ来たよう。」
アッシュも震えながらではあるが、アルと共に覚悟を決めた様にキチンとお座りをしていた。
「アッシュ、いい子だね。一緒に我慢しようね。」
アッシュと一緒だったら我慢できる。アルがそう考えた時だった。
ギーッ‥‥
きしむ様な音と共に、アルの檻の扉が開いてしまった。
オオカミが獲物の匂いを嗅ぐために鼻を押し付けたところ、扉が開いてしまったのだ。
「うわーっ! オオカミが入って来るーっ!!」
アルの叫びと同様に、見張り小屋の大人たちも驚いている。
「うわっ! た、大変だーっ!」
ただ一人、バズを除いては‥‥。
「おい!バズッ! お前、檻にカギをかけなかったのか?!」
「ああ? 忘れたんだよ! 忘れちまったんだよ! でもよ、天井から吊るしておいて良かったぜ。多分、オオカミの野郎が飛び跳ねても、届かねえからよ。」
「多分て‥‥ん!? お前まさかワザと?」
「そんなワケねえだろう! ほら見てみろよ! 大丈夫だからよ。」
バズが、指さす方を見ると、オオカミが天井アルに向かって、ジャンプしているところだった。
ガウッ
オオカミがアルに向かって飛び跳ねたが、アルには届かない。
バグッ!
オオカミの口は、アルのかなり下で宙を噛んでいる状態だ。
「うわぁーん!」
しかし、アルは気が気ではない。オオカミが自分に嚙みつこうとして何度もジャンプを繰り返しているのだ。
そして、そんなアルの中のアッシュには、少しずつ変化が起こっていた。
最初アッシュは、前足で頭を抱えて震えていた。次には何とかアルの隣でお座りして、一緒に恐怖を耐えようとするようになった。そして今は、必死にアルを励まそうとして、鼻を鳴らしているようだ。
「クーン、クーン」
「アッシュ、ありがとう。ぼく、がんばるよ!」
アルが勇気を振り絞っていると、オオカミの動きが変わった。
それまでアルの真下からジャンプしていたオオカミが、檻の隅の方に移動したかと思うと、
ダダッ、と走ってからジャンプした。
助走をつけたのだ。
バグッ!
「うわぁ!」
アルは、慌てて足を振り上げて、噛みつきをかわした。足を振り上げなかったら噛みつかれていたかも知れない。
「うわーん! 食べられちゃうよーっ! 助けてーっ!」
アルの悲鳴を聞いたアッシュの動きが止まった。明らかに、先程までとは様子が違う。体が震えているが、それは恐怖のためではないようだ。
「フ―ッ、フ―ッ」
先程までアルを慰めるために鼻を鳴らしていた様子とは一転して、怒りに震えているのだ。
再びオオカミが助走をつけてジャンプする。
バグッ!
「わーっ!」
アルは、足を振り上げて避けたが、オオカミの牙が腿をかすめた。鮮血がほとばしる。
「痛いよーっ! 助けてーっ! 誰か助けてーっ!!」
アルが、泣き叫ぶ。
その時、
先程から宙を漂っている不安定な者達のうち一体が、アルに向かって真っすぐ向かって来た。そしてそれはアルの胸にぶつかると、そのままズブズブと体の中に入って来た。いや、入って来たというよりは、アルの体を突き抜けていくのだ。
「えーっ! なに!?」
驚くアルの背中をすり抜けた瞬間、それは、ブワッ、とまばゆい光の玉となった。
その光の玉は、大きく膨らんだかと思うと、ゆっくりと檻の床に降りていく。
不思議な光景だが、アルは直ぐに別の事に気付いた。
アッシュがいないのだ。心の中、頭の中を探してもアッシュの姿が見当たらないのだ。
「アッシュ! どこ行っちゃったの?! アッシュ!」
そして光の玉の方は、ゆっくりと床に降りてからも、大きく膨らみながら輝いている。さすがにこれにはオオカミも驚いて、後ずさりしている。
光の玉は膨張が収まると、眩しさがだんだんに収まってきた。すると、光の中に何かがいるのが見えて来た。
グルルル‥
オオカミも、光の中の何者かの存在に警戒し、身構えている。
光が収まった時、そこには人間の大人位の大きさのケモノが、しゃがみ込んでいた。
灰色のふさふさの毛に覆われた、頭に白いたてがみを持つケモノが。
「アッシュ!? ‥‥なの?」
アルに呼び掛けられたケモノは、二本足ですくっと立ち上がり、アルを見上げて小さくうなずいた。
「アッシュ―ッ!」