影男(かげおとこ)①
短編1話追加しました。
影男
「なんだお前、やっぱり駄目だったのか。まあ、期待してなかったけどな。」
夜が明けて、小屋の中から出て来たサムルを見た父親は、サッサと帰り支度を始めた。
サムルは、今年6歳になる。昨年の「守魔合わせ」で守魔を出せなかったため、2度目の挑戦となったが、小屋から出て来たのは今年もサムル1人だけだ。
サムルは無言で自分の影を見つめた。朝日に照らされたサムルの影が、長く伸びていた。
◇
今年の「守魔合わせ」は、6人の幼い子供たちが森に入り、3人がそれぞれの守魔を伴って帰ってきていた。
「やっぱり、お前駄目だったのかよーっ。」
「サムルはグズだからなーっ。」
「やーい、グズサムル―っ!」
守魔合わせから帰って来て、サムルに守魔が出せなかった事が分かると、気の弱いサムルは早速からかわれた。中には、からかうだけでなく、手を出してくる奴もいた。近所に住んでいる悪ガキのジギとゴウという2人だ。
後ろからいきなり蹴飛ばされて、サムルは前のめりに転んだ。
「や、やめろよぉ‥‥」
サムルが抗議すると、2人は、
「や、やめろよおぉぉ。」と、サムルの口調をまねてから大笑いした。
サムルは地面に映った自分の影を見て、小さな声で呟いた。
「かげおとこぉ‥‥」
サムルの影が一瞬、少し伸びた様に見えた。
◇
翌日、村では朝から騒ぎが起こっていた。
「大変だ! 薬師を早く呼んで来てくれ!」
「うちの方が先だ! ゴウの火傷の方が酷い!」
朝食の支度をしていたジギの家で、ジギが竈の前で転んで、竈の火の中に手を付いてしまったというのだ。
また、ゴウは同じく朝食の支度で沸かしていた湯の中に手を突っ込んでしまっていた。やはり前のめりに転んだのだという。
しかし、話を聞いてみると、怪我をした子供は、2人ともおかしなことを言っているというのだ。
「あいつにやられた。」と。
「子供のいう事をうのみにするわけじゃないし、そんなことはあり得ないんだけど、一応確認させてくれ。サムルは今朝家に居たのかい?」
「ああ、家に居たよ。」
サムルの家を訪ねてきたジギとゴウの父親に、すぐに答えた後でサムルの父は不思議に思って、
「いったい、どうしたっていうんだい?」
「それがな‥‥」
2人の父親は顔を見合わせてから、
「うちのガキが泣きながら、サムルにやられたって、言うんだよ。」
「うちもなんだ。あいつが仕返しに来て、後ろから蹴飛ばされたって。」
2人とも、子供のいう事を真に受けているわけではなさそうだ。しかし、何か「ひっかかる」所もあって来てみた。という様子だ。
「でも、うちのサムルが今朝、何処にも出かけていないのは本当だよ。」
「そのようだな。済まねえな。変なこと言って。」
2人が帰った後、父親は、裏庭にいるサムルにも一応話を聞いておこうと、声を掛けようとしたが、
「うふ‥うふふ‥」
サムルの妙な笑い声が聞こえて来て、思わず話を聞くのをためらってしまった。
◇
半月ほどたつと、2人の悪ガキの傷も癒えたようだ。2人とも痕は残ったが、後遺症等は残らなかったようだ。
その2人が、サムルの前に現れた。
「おいサムル。お前、俺達に仕返しをしたんだろう。」
「そ、そんなこと、してないよぅ。」
オドオド答えるサムルに、
「だってあの時、お前がすぐそばにいる感じがしたんだぞ。」
「そのオドオドした感じが、すぐ後ろにいる感じがしたんだ!」
「ぼ、僕はやってない!」
サムルは、踵を返して駆けだすと、走りながら唇の端を吊り上げた。
(僕は、僕はやってない。やってくれたのは‥‥影男だ。)
◇
「おい、サムル。これを片付けておけよ。」
狩猟から帰って来た兄が、弓矢などの道具をサムルに押し付けた。
「ちゃんと洗って乾かしてから、しまうんだぞ。」
サムルには年の離れた兄がいた。兄はサムルと違って腕っぷしも強く、また、鷹に似た守魔を持っており、よく父親と狩りに出ていた。
兄は、父に日頃から「狩猟道具はいざという時に自分を守るものだから手入れは自分でやれ。」と言われているのに、道具の手入れをサムルに押し付けていた。
サムルは、裏庭で弓の手入れをしながら、下を向いて独り言を呟いていた。独り言ではないようなのだが、周りからはそのようにしか見えないのだ。
「ねえ、影男。道具の手入れは、兄ちゃんが自分でやればいいのにね。でも、父ちゃんには自分でやってるって言うんだろうね。ずるいね。」
サムルは弓を構えながら、
「ケモノを前にして、弓の弦が切れちゃったりしたら、慌てるんだろうね。‥‥でも、それだと「お前の手入れのせいだ」ってなるだろうなぁ。何かいい方法はないかい?」
下を向いて、ぼそぼそ喋っている。
「‥‥‥」
「うふふふ‥‥それは良いかもしれないね。さすが影男だ。」
サムルは、地面に向かって喋り続けていた。




