妹ちゃんと町に行こう!5
生地屋さんに到着し、荷車を止める。
ふと、視線を感じそちらを向くと、向かい側の店の前に、女の子が立っていた。
光沢のある灰色ドレスを着たその子は、ボネットっていうんだっけ、ロリータファッションの人が被っていそうな婦人用の帽子を被っていた。
帽子のつばの隙間から覗く真っ白な顔、その中にある灰色の瞳が、なにやらこちらを凝視しているようだった。
女の子――いや、背は低いけどひょっとすると、大人の人かもしれない――は始め、わたしを見ているのかと思ったけど、視線はわたしの顔より低い位置、どうやらセーラー服を見つめているようだった。
「あれ?」
と思わず言葉を漏らす。
その灰色ドレスの女の子、その姿が一瞬ぼやけた気がしたからだ。
「どうしたの?」
視線を向けると、イメルダちゃんが訝しげにこちらを見上げていた。
「いや、あの子が――」
視線を戻すと、灰色ドレスの女の子が消えていた。
あれ?
「あの子?」
「……ううん、何でもない」
よく分からないけど、まあいいか。
わたし達は店の中に入った。
――
何とかかんとかたどり着いた我が家の前で「我が国に到着ぅ~!」と教えてあげると、背中から「……やっと着いたのね」という疲れ切った声が聞こえてきた。
いやはや、中々大変な帰路だった。
町を出るまでは問題なかった。
生地屋さんで手芸妖精のおばあちゃんやヴェロニカお母さんから頼まれた物や、わたしとシャーロットちゃん用の刺繍セットを購入した。
そして、ヴェロニカお母さんがハンカチに刺繍した物を見せつつ、買い取りはして貰えないかと頼んだりした。
店主のおじさんがヴェロニカお母さんの刺繍を気に入り、こんな構図でとかの要望を聞きつつ、次回持ってくることを約束し、その出来いかんで買い取っても良いという話まで進んだ。
かなり熱心に見ていたから、期待大だと思う。
気を良くしつつ、受付嬢のハルベラさんから紹介された牧場に向かう。
牧場主のおじさんの説明を受けながら、どの山羊を買おうか吟味していると、なにやらやたらと気の荒い山羊を発見する。
「あの子は番のオスや自分の子以外が近づくと蹴ろうとする、一際気性の激しい子でな」
と牧場主さんが苦笑する通りの子で、牧場で働くお兄さんが近くを通り過ぎただけで、なにやら興奮し始めて、後ろ足で蹴りを加えていた。
中々、凶暴な子だ。
「どうだい?
あの子なら安くするよ。
凶暴な事を除いたら中々優秀な子だよ。
生まれた子の離乳も済んだばかりだし、泌乳期間がなぜか他の山羊に比べて驚くほど長いから、後一年近くは乳を出してくれると思うよ」
「え?
いくら?」
「そうだなぁ~
奴だけなら大銀貨三枚、番でなら大銀貨五枚でどうだろう?」
安い!
多分だけど、凄く安い!
「じゃあ、番で買うことにする!」
冗談っぽく笑っていたから、本気にするとは思っていなかったのかもしれないが、わたしとしてはあれぐらい元気の方が森の中で飼うのにちょうど良いと思えた。
「え?
本当に?
危ないよ?」
と焦る牧場主さんをそのままに、テクテクと山羊さんに近づく。
ん?
この気配……。
この子、魔獣?
近くにいる普通の山羊さんより一回りは大きいし、少なくとも、混血ではあると思う。
そんなことを思いつつ、すぐそばまで近づくと山羊さん、ニヤリと笑った気がした。
右後ろ足がわたしの左足に振るわれる。
ガツっっという鈍い音が鳴った。
……まあ、それだけだ。
「わっ!」
「大丈夫!?」
という、牧場主さんとイメルダちゃんに手を振り、問題ないと合図する。
そして、山羊さんの背を優しくなでながらガウガウガウと囁いてあげる。
『図に乗ってると、丸焼きにして食べちゃうよ?』
わたしの言葉が分かったのか、わたしの殺気を感じたのか、それとも、わたしの後ろにママが見えたのか分からないけど、ビクっと震えた山羊さんは、白目を剥いてぶっ倒れた。
オスの方は大人しそうだったけど、こちらも魔獣っぽかったので念のために優しくなでてあげると、同じようにぶっ倒れた。
まあ、凶暴と言っても所詮家畜だよね。
とりあえず、二頭とも購入と言うことで、牧場主のおじさんに育てかた等の話を聞く。
まず最初に、魔獣の乳を飲んで良いのかが気になり、この山羊の乳を飲んだことがあるか聞いてみる。
すると、牧場主のおじさんは苦笑しながら教えてくれた。
何でも、牧場主のおじさんの奥さんだけには心を許しているらしく、この山羊が乳を出す間は牧場の食堂で飲まれているらしかった。
じゃあ、問題ないかな?
また、冬の間は飼育小屋の中で生活させれば良いとのこと。
「ストーブとかいらないの?」と訊ねたら、「山羊は寒いのに強いから大丈夫だよ」と牧場主のおじさん、笑ってた。
ただ、子山羊がいたり、弱っている山羊がいる場合は注意が必要とのこと。
子山羊がいるわけでもないし、赤鶏さんだって魔獣だし、いらないのかな?
あ、でも今、赤鶏さんの卵を温めている最中か。
念のために、小さいストーブを用意した方が良いかな?
あと、飼育小屋の掃除をこまめにするように言われる。
山羊のためというのもあるし、周りにも悪臭が漂うとのことだった。
それはやだなぁ。
「そういえば、おじさんの牧場は余り臭くないね?」
って訊ねると、おじさん、自慢げに言った。
「そりゃあ、スライムを使っているからね」
スライムかぁ~
異世界のスライムって万能だなぁ。
「見てみるかい?」と牛舎に案内されると、沢山並んだ牛の間を、透明なゼリー型の生き物が何匹もボヨボヨと移動していた。
牛の上に乗っている子もいた。
「凄いだろう!
牛に付いたダニや汚れも綺麗にしてくれるんだ」
となにやら誇らしげだ。
近寄ってくる気配を感じて視線を下げれば、一匹のスライムがわたしの足下に近づいてきていた。
それを見下ろしつつ、牧場主のおじさんが言う。
「どうだい?
一匹買っていかないか?」
「え?
うちにもいるからいらないよ?」
「いやいや、うちのスライムは家畜の世話に特化しているから、下水用のスライムとは訳が違うよ」
「そうなの?」
「ほれ、その子も君に懐いているようだし」
足下のスライムが、なにやらわたしの靴を包みだした。
草原とかを駆け、汚れていた靴が綺麗になって行く。
う~ん、そう言われると買いたくなってきたなぁ。
すると、静かにしていたイメルダちゃんがボソりと言う。
「……安く売ってしまった山羊の穴埋めでしょう」
「そ、そんなこと無いよぉ」
などと言っている牧場主のおじさん、目が泳いでいる。
図星か……。
でもまあ、山羊、安かったからなぁ。
「スライムはいくら?」
と訊ねると、気まずそうに「そいつなら銀貨五……いや、三枚で」とか言っている。
「スライムなんて勝手に増えるのに銀貨って……」
なんてイメルダちゃんは呆れた感じで言っているけど、そこら辺はね、大目に見てあげようよ。
わたしが銀貨三枚を渡してあげると、牧場主のおじさん、嬉しそうに「悪いねぇ~」と言ってた。
そして、スライムを入れる用の籠もオマケとしてくれた!
……やっぱり、スライムに銀貨三枚は多いんだろうなぁ。
まあ、いいか。
靴をすっかり綺麗にしてくれたスライム君を持ち上げてみる。
ひんやり冷たくて、ボヨボヨと揺れてた。
ちょっと可愛い。
それに、夏とかに抱きついたら気持ちよさそう。
……あ、でも汚いものとか吸収してるんだよね、この子は。
ご機嫌なおじさんから「スライムは魔力を流してやると強くなるから、魔術が使えるなら試してみればいい」と教えて貰う。
なんでも、牧場の主力になっているスライムは、町の魔術師に頼んで強くして貰ったものとのことだった。
「ほれ、あのスライムだ」
と示されたスライムは、他のスライムより二周りぐらい大きくて、元気そうだった。
「え?
そんな事をして大丈夫なの?
変な進化とかして、襲われない?」
「スライムに襲われる?
無い無い!」
と牧場主のおじさんは、わたしの懸念を笑い飛ばした。
スライムは温厚だし、そもそも攻撃する術を持たないとのことだった。
う~ん、前世の記憶がある身としては、小説とかに出てきたやばい系スライムをどうしても思い出しちゃうんだけどなぁ。
獲物を取り込んで窒息死させたり、酸攻撃をしたり。
まあ、ママやエルフのお姉さんも、トイレを作った時に似たようなことを言っていたから大丈夫なのかな?
……あれ、なんかやると危ないんだったっけ?
いや、そんなことをするはずがないって笑ってたはずだから、大丈夫かな?
ずいぶん前のことだから、忘れちゃった。
そんなことを考えていると、牧場主のおじさんが「そういえば」と話し始めた。
「昔、遠くの国で巨大なスライムが暴れたって話を聞いたことがあるなぁ。
王スライムとか命名されたとか。
まあ、噂だろうけど」
……あからさまなフラグじゃないよね?




