雄叫びの後の~
……。
しばらくすると、むくむくと羞恥心が湧いてきた。
たかだか、ワイバーン相手に、まるでドラゴンでも仕留めたかのような雄叫び――これは実に恥ずかしい!
「あああぁ~!」
羞恥の余り、顔を両手で押さえた。
完全なる黒歴史――ママ達に見られていなかったのは、ほんと、幸いだ!
だって、相手はどこまで行ってもワイバーンだよ!
大きい兄ちゃんなんて、”威嚇の一吠え”でやっつける、あのワイバーンだよ!
もし、ママが側に居たら『サリー……。流石にその程度の相手にそんなに喜ぶのはちょっと……』と呆れた様に目を細められていただろう。
近衛兵士妖精の白雪ちゃんが”どうしたの? 大丈夫?”と心配するように飛んできたので「大丈夫」と弱々しくながらも答えておいた。
――
荷車と共に、家に戻る。
一応、妖精ちゃん達に毒のチェックをして貰った後「ただいまぁ~」
と家に入る。
そこに、シャーロットちゃんが抱きついてきた。
わたしをぎゅっと抱きしめる妹ちゃんを見ながら、シャーロットちゃんにも心配をかけてしまったようだと反省する。
「心配かけてごめんね。
もう、やっつけたから」
と背中を撫でて上げると、「うん!」と笑顔を向けてくれた。
寝室の方から気配を感じ、視線を向けるとヴェロニカお母さんが部屋から出てきた。
そして、わたしに気づくと心配そうに近づいてきた。
「サリーちゃん、大丈夫だった?」
「うん。
……イメルダちゃんは?」
「イメルダは一応、寝かせたわ」
「そうなんだ……」
目の縁がジンジン痛くなり、唇を噛んだ。
情けない。
わたし、情けない。
「ヴェロニカお母さん、ごめんね。
イメルダちゃんに怖い思いをさせて、ごめんね……」
「何言ってるの、サリーちゃん!
サリーちゃんは何も悪くは無いでしょう?」
ぽろぽろ涙を流すわたしを、ヴェロニカお母さんは駆け寄り、優しく抱きしめてくれる。
「でも……」
涙が溢れて止まらない。
わたしは油断してた。
前回も大丈夫だったからって……。
今回も大丈夫だって……。
どこか油断していた。
イメルダちゃんを守るために、やれる事は多分、沢山有った。
それこそ、お願いして潮ちゃんだけでなく、白雪ちゃんや黒風君達にも来て貰う事だって出来たかもしれない。
全員は無理でも、何人かは来てくれたかもしれない。
でもしなかった。
情けない……。
本当に情けない……。
「でも、サリーお姉さまは、お姉さまを守ってくれた!」
視線を下ろすと、シャーロットちゃんが目に涙を浮かべながら言ってくれた。
「そうよ!
シャーロットの言う通り、サリーちゃんはイメルダを守ってくれたわ。 それに……」
ヴェロニカお母さんは抱きしめる力を少し緩め、ニッコリ微笑んだ顔をこちらに向けながら言う。
「それに、サリーちゃんも帰ってきてくれた。
わたくし、それ以上、何も言う事は無いわ」
わたしはそれに対して「うん……」と答える事しか出来なかった。
――
ワイバーンを片付けるためと断り、外に出る。
結界の外に、置きっぱなしなのだ。
とはいえ、正直、彼らの処分については少し悩ましい。
例えば、フェンリルファミリーであれば、普通に食べてしまえるワイバーンであったが、彼らは毒持ちである。
人間の――しかも女性や女の子達である、ヴェロニカお母さんら親子にそんなもの食べさせて良いのかという問題だってある。
毒の検査をしてくれた魔法使いっぽいローブを着た妖精ちゃん(よく見ると大人のお姉さん)に訊ねると、偽竜君の毒は、彼らが死んだ後、放置すると無毒になるらしいから大丈夫なのでは? って事だったけど……。
一応、組合長のアーロンさんや解体所の所長グラハムさんにも相談した方が無難かな?
因みに、ワイバーンを全て倒したと言ったら、ヴェロニカお母さんは目を丸くして驚いてた。
追い払ったと思ったみたいだ。
でも、ワイバーンは集団で行動するから、下手に逃すと、仲間を連れて戻ってくる可能性があるのだ。
その辺りの説明をしていると、シャーロットちゃんが「ワイバーン、見てみたい!」とか言い出した。
いや、R十五指定になる程度には、グロテスクな有様になっているんだけどなぁ~
悪役妖精が倒した奴なら、上手い具合冷凍にして、くっ付ければ、見れるものになるのも有るかな?
「今、外に出しっぱなしにしてあるから、ひょっとしたら、他の魔獣に食べられちゃったかも」とか何とか言っておいたけど……。
この辺りも、悩みどころだ。
そんな事を考えていると、結界に沿って飛ぶ妖精の姿が見えた。
悪役妖精だった。
警戒しているのか、外の様子を見ている。
……うん、そうだよね。
倒したワイバーンが全てと考えるのは早計だよね。
わたしも見回らなくちゃね。
軽く駆けて近づき「さっきはありがとう!」と改めてお礼を言うと、それに気づいた悪役妖精はその場に止まり、”あれぐらい余裕だ”と言うように、キザっぽく髪をかき上げた。
そして、”仕方が無いので、今度、イメルダちゃんを連れて行く時は付いて行ってやろう”などと身振り手振りをしてくる。
今度、か……。
でも、あれだけ怖い目に遭ったのだ。
イメルダちゃんはもう、行きたいとは思わないんじゃないかな?
そのことを話すと、悪役妖精はチラリと家の方を見た。
その目からは、どこか案ずる色が見えた。
そして、何故か視線を上空に移した。
まさか、ワイバーン!?
わたしもそちらを見たが、そこには大木があるだけだった。
紛らわしい!
少し、ムッとしながら視線を戻すと、悪役妖精が身振り手振り言う。
え?
すぐには無理だが、悪役妖精と近衛兵士妖精を二十人ぐらいで護衛できる?
それなら、安心だろう?
いや、それは心強いけど、そんな数は流石に無理じゃない?
姫ちゃんや大木の護衛も必要でしょう?
え?
それ以上の戦力を持つ妖精が動けるようになるから大丈夫?
え?
それって、どういうこと?
わたしが訊ねているのに、悪役妖精は手を振り、離れていく。
ちょっとぉ~!
視線を大木に向け直す。
悪役妖精と近衛兵士妖精の皆が二十人分て……。
下手すると、大きい兄ちゃんを超える戦力じゃないかな?
そんな強キャラな妖精ちゃんが、あの大木にはいるの?
え?
ひょっとして、姉姫ちゃん?
いやいや、流石にあんなほっそりして綺麗な人が――。
まさか、ね?




