2の25の2
「ああ、はい。存じています。
ただ、レースの動画を見させてもらったので、
人の姿とは結び付かなくって。すいません」
「そう。私の動画を研究してるんだね。
さすがは暫定1番にゃんきのネコ。
殊勝な心がけだよ」
相手の猫、ウミャハラは、機嫌をなおした様子を見せた。
(キタカゼ=ヒナタに言われたから
ちょっと見ただけで、
研究しているというほどでもないのですが……)
リリスが内心を黙っていると、ウミャハラはさらに気分を高めたようだ。
「けど悪いね。
私の絶対無敵のカースで、
その人気ごと闇に沈めてあげるよ。
覚悟しててね。ハーッハッハッハッハッ!」
芝居がかった高笑いと共に、ウミャハラは去っていった。
「元気な猫だったな」
ヒナタが口を開いた。
「ひょっとして、
レースを盛り上げるための
プロレス的演出というやつではないでしょうか?」
「カメラも回ってないのに?」
「…………」
レースの時間が近付いてきた。
装鞍所でミヤの助けを借り、リリスはレース服に着替えた。
パドックを経て、リリスは出走ゲートに立った。
リリスは少し硬くなっている。
鞍の上で、ヒナタはそのことに気付いた。
「だいじょうぶ。今の俺たちなら勝てるさ」
「っ……べつに励ましてもらわなくても結構です」
リリスはツンと強がった。
言葉とは裏腹に、ヒナタはリリスから硬さが取れたのを感じた。
これなら行けそうだと、ヒナタは落ち着いてスタートを待った。
カウントダウンが始まった。
3、2、1、スタート。
猫たちが魔導ゲートから飛び出していった。
最初に先頭になったのは、アンノ=ウミャハラだった。
ヒナタとリリスの姿は、群れの後ろのほうに見えた。
出遅れた……わけではない。
ヒナタはあえてペースを抑え、後方集団に紛れたのだった。
計画通りに、ヒナタはリリスを走らせた。
コースの最初は、走りやすい直線になっていた。
スピードを出すには絶好の機会だ。
だというのに、一行の走りは穏やかだった。
(なんだか静かですね)
周囲のスローペースを見て、リリスが念話でそう言った。
(みんな怖いのさ。アンノ=ウミャハラのカースが。
かったるい展開が嫌なら、
最初からしかけても良いぜ。どうする?)
(……プラン通りに行きましょう)
リリスは速い猫だが、ニャツキのような豪胆さはない。
無難な堅実策を取ることに決めたようだ。
(了解)
ペースが上がりきらないまま、長い直線が終わった。
右70度のコーナーを曲がると、S字カーブがあった。
カーブが終わると直線になった。
直線の終わりに左90度のコーナー。
すぐに切り返しの右110度のコーナー。
さらに右120度のコーナーを曲がると、短めの直線に入った。
先頭のウミャハラに、誰もしかけようとはしない。
まったく動きがないまま、コースの半分を経過することになった。
「それじゃあ……」
先頭のウミャハラが、後ろの猫たちに眼光を向けた。
「そろそろ始めようかな」
(始まるぞ。気を抜くなよ)
(はい!)
ヒナタの警告の言葉に、リリスは力強く答えた。
ウミャハラの瞳が、紫色に輝いた。
するとコース上に、黒い渦のようなものが出現した。
「っ……!」
渦の威力を予習していたリリスが、ぐっと身構えた。
硬さを取るために、ヒナタがリリスに声をかけた。
(だいじょうぶだ。
アレは俺たちを狙ったやつじゃない)
リリスは落ち着いて、体から無駄な力を抜いた。
コース上で、黒い渦が広がっていった。
猫たちは、それをジャンプで回避していった。
だが猫の1匹が、ジャンプのタイミングを間違えてしまった。
「うみゃ……!」
早く飛びすぎた猫が、渦へと落下した。
「うみゃぁぁぁぁ……」
絶望的な鳴き声と共に、猫は渦に沈んだ。
その側面や上空を、リリスたち後方組が通過していった。
リリスは追い抜いた猫へと振り返った。
みるみると全身を呑みこまれて、その猫は消えてしまった。
「うわぁ……」
恐ろしい光景に、リリスは引いた様子を見せた。
振り返れば走りが崩れ、タイムロスになる。
本来であれば控えるべき行動だ。
だが大したロスでもないと思っているのか、ヒナタはそれを責めなかった。
(さっそく一組リタイアか)




