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「ああ、はい。存じています。


 ただ、レースの動画を見させてもらったので、


 人の姿とは結び付かなくって。すいません」



「そう。私の動画を研究してるんだね。


 さすがは暫定1番にゃんきのネコ。


 殊勝な心がけだよ」



 相手の猫、ウミャハラは、機嫌をなおした様子を見せた。



(キタカゼ=ヒナタに言われたから


 ちょっと見ただけで、


 研究しているというほどでもないのですが……)



 リリスが内心を黙っていると、ウミャハラはさらに気分を高めたようだ。



「けど悪いね。


 私の絶対無敵のカースで、


 その人気ごと闇に沈めてあげるよ。


 覚悟しててね。ハーッハッハッハッハッ!」



 芝居がかった高笑いと共に、ウミャハラは去っていった。



「元気な猫だったな」



 ヒナタが口を開いた。



「ひょっとして、


 レースを盛り上げるための


 プロレス的演出というやつではないでしょうか?」



「カメラも回ってないのに?」



「…………」



 レースの時間が近付いてきた。



 装鞍所でミヤの助けを借り、リリスはレース服に着替えた。



 パドックを経て、リリスは出走ゲートに立った。



 リリスは少し硬くなっている。



 鞍の上で、ヒナタはそのことに気付いた。



「だいじょうぶ。今の俺たちなら勝てるさ」



「っ……べつに励ましてもらわなくても結構です」



 リリスはツンと強がった。



 言葉とは裏腹に、ヒナタはリリスから硬さが取れたのを感じた。



 これなら行けそうだと、ヒナタは落ち着いてスタートを待った。



 カウントダウンが始まった。



 3、2、1、スタート。



 猫たちが魔導ゲートから飛び出していった。



 最初に先頭になったのは、アンノ=ウミャハラだった。



 ヒナタとリリスの姿は、群れの後ろのほうに見えた。



 出遅れた……わけではない。



 ヒナタはあえてペースを抑え、後方集団に紛れたのだった。



 計画通りに、ヒナタはリリスを走らせた。



 コースの最初は、走りやすい直線になっていた。



 スピードを出すには絶好の機会だ。



 だというのに、一行の走りは穏やかだった。



(なんだか静かですね)



 周囲のスローペースを見て、リリスが念話でそう言った。



(みんな怖いのさ。アンノ=ウミャハラのカースが。


 かったるい展開が嫌なら、


 最初からしかけても良いぜ。どうする?)



(……プラン通りに行きましょう)



 リリスは速い猫だが、ニャツキのような豪胆さはない。



 無難な堅実策を取ることに決めたようだ。



(了解)



 ペースが上がりきらないまま、長い直線が終わった。



 右70度のコーナーを曲がると、S字カーブがあった。



 カーブが終わると直線になった。



 直線の終わりに左90度のコーナー。



 すぐに切り返しの右110度のコーナー。



 さらに右120度のコーナーを曲がると、短めの直線に入った。



 先頭のウミャハラに、誰もしかけようとはしない。


 

 まったく動きがないまま、コースの半分を経過することになった。



「それじゃあ……」



 先頭のウミャハラが、後ろの猫たちに眼光を向けた。



「そろそろ始めようかな」



(始まるぞ。気を抜くなよ)



(はい!)



 ヒナタの警告の言葉に、リリスは力強く答えた。



 ウミャハラの瞳が、紫色に輝いた。



 するとコース上に、黒い渦のようなものが出現した。



「っ……!」



 渦の威力を予習していたリリスが、ぐっと身構えた。



 硬さを取るために、ヒナタがリリスに声をかけた。



(だいじょうぶだ。


 アレは俺たちを狙ったやつじゃない)



 リリスは落ち着いて、体から無駄な力を抜いた。



 コース上で、黒い渦が広がっていった。



 猫たちは、それをジャンプで回避していった。



 だが猫の1匹が、ジャンプのタイミングを間違えてしまった。



「うみゃ……!」



 早く飛びすぎた猫が、渦へと落下した。



「うみゃぁぁぁぁ……」



 絶望的な鳴き声と共に、猫は渦に沈んだ。



 その側面や上空を、リリスたち後方組が通過していった。



 リリスは追い抜いた猫へと振り返った。



 みるみると全身を呑みこまれて、その猫は消えてしまった。



「うわぁ……」



 恐ろしい光景に、リリスは引いた様子を見せた。



 振り返れば走りが崩れ、タイムロスになる。



 本来であれば控えるべき行動だ。



 だが大したロスでもないと思っているのか、ヒナタはそれを責めなかった。



(さっそく一組リタイアか)



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