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先ほどまでのカースと違い、泥沼は広く深かった。
ニャツキの体が、口に泥が入るくらいにまで沈んだ。
「みゃぷっ!? みゃっ……何にゃのですか……!?」
混乱するニャツキに、ヒナタは冷静に答えた。
「ガーデンだろうな。この規模は」
「ヒニャタさん……!
のんきにしてないで助けてください……!」
「リラックスしちゃダメなのかよ?」
「ふざけないでください……!」
走行困難に陥ったニャツキを、ミャイアが追い抜いていった。
彼女は泥沼に沈まず、その上を駆けていた。
ガーデンのあるじである彼女は、沼の上を自在に走れるらしい。
「ほら! ふざけてたから抜かれましたよ!」
怒りを見せたニャツキに、ヒナタはやる気なさげに答えた。
「はいはい。それじゃ……岩路-ガンロ-」
ニャツキの足元から沼の上へと、岩の道が伸びた。
ニャツキはその道を走り、沼の上へと駆け上がった。
左の急カーブを曲がり、右30度のゆるいコーナーに入った。
次にヘアピンカーブを曲がり、左の大カーブに入った。
悪路さえなければ、ニャツキの走りはミャイアに勝る。
ニャツキがミャイアに追いついた。
気配を感じ、ミャイアは横に視線を向けた。
(綺麗な道……。凄い術師なんだ。この人)
無駄のない滑らかな通路に、ミャイアはいっとき見惚れた。
(行かせるわけにはいかない。コースを潰すよ!)
ジョッキーの指示で、ミャイアはニャツキに体を寄せた。
そしてそのまま、ニャツキにねこタックルをしかけた。
体当たりで、ニャツキを岩の道から転落させる。
そういう目算があった。
「はい? 誰にねこタックルをしかけているのですか?」
ニャツキが不機嫌そうに、ギロリと目を見開いた。
ニャツキの四肢に力が入った。
「えっ……」
自分から攻撃をしかけたはずなのに。
なぜかミャイアは、一方的に弾き飛ばされていた。
どんと。
宙に浮かんだミャイアが、柵の上を乗り越えそうになった。
コースアウトの危機だ。
「千草-ちぐさ-!」
ジョッキーが、とっさに呪文を唱えた。
柵の上方に、草の壁が出現した。
草の壁が、辛くもコースアウトを防いだ。
ミャイアは減速して着地した。
致命的な隙だったが、ニャツキとの距離はあまり離れていない。
ミャイアは意外そうにニャツキを見た。
ニャツキが全速で走っていれば、とっくに突き放されていたはず。
わざとこの場に残ったらしい。
その証拠として、ニャツキはさらにペースを落とし、振り返ってきた。
「今のは悪手でしたね。
ランニャーとして宇宙一ということは、
ねこタックルも宇宙一ということです。
やろうと思えば俺様は、
いつでもあなたを吹き飛ばすことはできたのですよ」
それだけ言うと、ニャツキは加速した。
威張るためだけに、ミャイアの近くに留まっていたらしい。
なんと性根の腐りきった猫だろうか。
そしてなんと速い猫だろうか。
ニャツキとミャイアの距離がはなれていく。
「っ……! まだ……!」
煽りカスを睨み、ミャイアはカースを発動させた。
(たとえ魔術でできたものでも、
そこが地面なら、私は沼に沈めてみせる……!)
岩の道の上に、ミャイアは泥沼を出現させた。
(まだ足掻きますか。
良いファイティングねこスピリットです。
ランニャーとはそうでなくては)
余裕の表情で、ニャツキは前進した。
進路には泥沼がある。
だが……。
「えっ……!?」
ニャツキの足が着地する寸前。
沼の上に、新たな地面が出現した。
「あなたのカースには、ターゲットが必要不可欠。
無いモノを沼に沈めることはできないでしょう?
もうあなたのカースは、
ヒニャタさんには通用しません。
それではごきげんよう」
たとえ魔術による岩場でも、ミャイアは沼に沈めることができる。
それがそこに有るのなら。
だからヒナタはやり方を変えた。
ニャツキが着地する瞬間にぴったりと合わせ、地面を出現させる方法に。
直前まで存在しない地面を瞬時に沈めることは、ミャイアにはできない。
カースを攻略したニャツキは、みるみると遠くへ消えていく。
「あれが新人ジョッキーの実力だっていうの……?」
ギリギリの走りを平然とこなすヒナタに、ミャイアのジョッキーが驚愕を見せた。