2の24の1「泥沼と活路」
クールタイムの後、ミャイアの瞳がふたたび輝いた。
ヒナタはニャツキに減速の指示を出した。
だが……。
「みゃ……!」
ニャツキの足が、泥沼を踏んだ。
その泥沼は、さきほどまでよりサイズが大きかった。
またミャイアが先頭に立った。
(ヒニャタさん……! いったい何をされたのですか……!?)
しっかりと周囲を見ていたヒナタは、現状を的確に把握していた。
手綱を通し、彼はニャツキに情報を伝えた。
(単純な話だ。
こっちがペースを変えても対応できるように、
向こうは泥沼のサイズを変えてきた。
元々はもっと広範囲を、
泥沼に変えられるカースなんだろうな。
それをレースのために、
ピンポイントの妨害技に仕上げてきた。
大した猫だ)
(むぅ……。敵を褒めている場合ですか?)
(悪いな。それじゃあもうちょっとつついてみるか)
直線を終え、左90度のコーナーに入った。
その先の左カーブが終わり、再び直線に入った。
そこでニャツキが、またミャイアを抜き去った。
ニャツキの判断ではなく、ヒナタの操猫によるものだ。
無論、ただ無策で前に出たわけではない。
「氷面鏡-ひもかがみ-」
カースを読んで、ヒナタが氷の鏡を展開した。
瞳を輝かせるミャイアの姿が、その鏡に映った。
ターゲットを失ったことで、ミャイアのカースが暴走した。
誰も居ないミャイアの斜め後ろに、泥沼が出現した。
「雷走-らいそう-!」
ミャイアのジョッキーは、攻撃呪文の使い手のようだ。
猫への直接攻撃でなければ、攻撃呪文の使用は許可されている。
雷の術が走り、ヒナタの術を叩き割った。
もう同じ手は食わない。
そう思い、ジョッキーはヒナタの挙動に集中した。
「応援花、満開」
ヒナタは別の呪文を唱えた。
普段はリリスに使用している、地属性の強化呪文だ。
大量に舞った花が、ニャツキの姿を覆い隠した。
「行かせない!」
気迫を込めて、ミャイアはカースを発動した。
花が舞う範囲全体に、大きな泥沼が出現した。
花の群れが、進行速度を緩めた。
ミャイアがそれに追いついた。
そのとき、花々は霧散した。
「居ない……!?」
花が散った後に、ニャツキの姿はなかった。
(前!)
ジョッキーが注意を促した。
「っ……!」
前のコーナーを、ニャツキが曲がっていくのが見えた。
(花は囮……!?)
ヒナタは術で発生した花々を、ニャツキの後方に置き去りにしたらしい。
それを目くらましにして、ニャツキはコーナーまでたどり着くことができた。
(なんて繊細に術をコントロールするの……!?
あのジョッキーは……!)
ミャイアの鞍上で、彼女のジョッキーが息を呑んだ。
ニャツキの姿が、ミャイアの視界から消えた。
この状況ではもう、ミャイアはカース攻撃をしかけることができない。
(あのコーナーから先は、
しばらく見通しの悪い道が続く……。
そこで距離を離されたら……
私のカースでも挽回はできない……!)
「……使います!」
ミャイアはジョッキーに宣言した。
「仕方ない。任せるよ」
どうやら他に手は無いようだ。
ジョッキーはミャイアの選択を受け入れた。
「開庭。『徒労悪路-とろうあくろ-』」
ミャイアを中心に、泥沼のガーデンが広がっていく。
……。
レースの先頭をニャツキが駆けていた。
コーナーを曲がり終えたニャツキは、次に右110度のコーナーを曲がった。
その先には、右150度の急コーナーが見えた。
コーナリング技術が問われる難しい地帯だ。
それを苦にした様子もなく、ニャツキはのんきに笑った。
「にゃふふ。見事に出し抜いてやれましたね。
これだけ差をつければ、
勝負は決まったようなものでしょう。
まあ俺様を相手にした時点で、
あの猫の負けは決まっていたのですが。
あとは俺様に任せて、
リラックスしていただいても構いませんよ」
「それじゃあお言葉に甘えるが、良いのか?」
ニャツキは勝ちを確信していたが、ヒナタはそうではなかった。
細められたヒナタの目が、コース後方へと向けられていた。
「どうしたのですか? みゃあああっ!?」
ヒナタが戦線離脱したおかげで、ニャツキはカースの直撃を受けた。
ニャツキの体が、後ろから来た泥沼に呑みこまれた。