2の23の2
「みゃっ!?」
ニャツキは赤くなって丸くなった。
それを見たヒナタは、ニャツキに背を向けて座った。
「これで良いか?」
「……はい。ヒニャタさん!
あの猫、カースを使ってばっかりで、
まともに勝負するつもりがありませんよ!」
「まともってのが何か知らんが。
カースのコントロールに自信があるんだろうな。
超高速で動く猫の、狭い足の着地点を、正確に狙ってきた。
相当の訓練を積んでるらしい。
自分のカースがもたらす効果が、
魔力の消費量を上回っている。
そういう確信があるから、
躊躇なくカースを使えるんだろう」
ヒナタは相手の猫のことを、なかなかに評価しているようだ。
それを見て、ニャツキが唸り声を上げた。
「むぅぅ……!
どうしたら良いですか!?
どうしたらあの卑怯な猫にぎゃふんと言わせられますか!?」
「べつに卑怯ではないと思うが……」
「走りを競うのが、競ニャの本懐です。
カースに頼ったレース運びなど、
邪道以外のナニモノでもありませんよ」
「カース攻撃だって、
あそこまで完成度が高けりゃ
大したもんだと思うがな」
「いくら完成度とやらが高くても、
マニャさんには通用しませんよ」
「それはそうかもな」
弟だからか。
マニャの名声の高さゆえか。
ヒナタはその点に関しては、すなおな同意を見せた。
「って……キタカゼ=マニャはどうでも良いのです!」
ニャツキはツンツンと、ヒナタの背中を睨んだ。
「おまえが言い出したんだろ」
「あのですねヒニャタさん。
今はレース中なのですよ?
あの猫の陰湿なカースの
攻略法を考えるべき時なのです」
「攻略法ならあるぞ」
「本当ですか?」
「あいつはおまえが前に出るまで、
カースを使ってこなかった。
それとあいつがカースを使うとき、
瞳が輝くのが見えた。
十中八九、視認を条件とするカースだ。
こっちが後ろに居る限り、
向こうはカースを発動できない。
ぴったりとあいつの後ろにつけて、
ゴールの瞬間に抜いてやれば、
カースに付き合わなくても勝てるはずだ」
やる気がないように見えて、状況をしっかりと見ていたらしい。
ヒナタは相手のカースの特性を、正確に把握していた。
彼が述べた作戦は、まぁまぁのモノのはずだが……。
ニャツキは僅かな不満を滲ませてこう言った。
「理に適っているように聞こえますが、
ゴール前の駆け引きに勝負をあずけるのは、
ちょっとリスキーにも思えますね。
向こうの手札があれ一枚とも限りませんし。
俺様は最強なのですから、
無駄なリスクなど払うことなく、
完璧に勝たせてほしいものです」
ヒナタが提案した作戦でも、自分は9割は勝つ。
ニャツキはそう信じていた。
だが一瞬に勝負をかければ、ほんの僅か、負けの目が気配を見せる。
ニャツキはそのことが気に食わないらしかった。
せっかくの作戦にケチをつけられても、ヒナタは不満を見せなかった。
むしろ楽しそうに、彼はこう言った。
「それじゃあ向こうが手札を見せるように、
ちょっとひっかき回してみるか?」
ヒナタはスキルを終了させた。
加速されていた二人の意識が、現実へと戻ってきた。
(良いんだな? 俺が手綱を持って)
(特別に許可してあげます)
念話でそう言ったニャツキのしっぽが、嬉しそうに揺れた。
(それじゃあ試してみるか)
ヒナタは魔導手綱に魔力を流し、操猫命令を送った。
ヒナタの走りのイメージが、鮮明にニャツキに伝わった。
ニャツキはまた加速して、ミャイアの前に走り出た。
(懲りずに抜きに来た……?
ただのバカ……?
それとも、カースを破る秘策でも考えてきた?)
ミャイアがカースを発動するため、両の瞳を輝かせた。
瞬間、ニャツキがペースを落とした。
ニャツキの足より少し奥に、泥沼が発生した。
泥沼を回避したニャツキは、再び加速した。
素の走りでは、ニャツキが傑出している。
ニャツキとミャイアの距離がはなれた。
(カースのタイミングを読んで、
ペースを変えてきた……)
ミャイアの瞳が、ニャツキの鞍上に向かった。
ニャツキの上のヒナタが、じっとミャイアの瞳を見ていた。
彼がカース発動の瞬間を読み、ニャツキに知らせたのだろう。
(けど……そういうことをやってきたジョッキーは、
あなた一人じゃないんだよ。ハンサムさん)
じっと視線を向けてくるヒナタの美貌に、猫は冷静な視線を返した。