2の23の1「ニャツキと泥沼」
「中度なんで、
ご飯さえ用意していればだいじょうぶです。
ただとにかく元気が出ないみたいで、
朝から晩までああやってゴロゴロしてます」
「ずいぶんボロい家に住んでたみたいだが、
働かなくても生活はだいじょうぶなのか?」
「お父さんが遺してくれたお金が、
ちょっとはありますから。
……ほんとうを言うと、
うちはもっと裕福だったはずなんですけどね。
お母さんが弱ってる隙に、
親戚に騙し取られちゃったみたいです。
まあ、昔のことはもういいです。
これからです。勝って稼ぎます。
トップランニャーは高給取りですから。
付き合ってもらいますからね。キタカゼ=ヒナタ」
「ああ。任せとけ」
「ところでキタカゼ=ヒナタ。
胸の調子はどうなんですか?」
「ん~。わからん」
「わからんって……」
ヒナタはべつに、返事をごまかしたわけではなかった。
彼の心臓は、常に痛むわけではない。
発作が起きていないうちは、健康体と変わりがない。
ヒーリングが心臓に効いたのか、はっきりと判別することはできない。
「まあ、効いたんだろうさ」
とりあえず、ヒナタはそう思うことに決めた。
……。
ニイガタ競ニャ場。
ニャツキのBランクレース当日。
彼女はミヤの手伝いを受け、装鞍を終えた。
ニイガタ競ニャは、中央競ニャの管轄となる。
ホテルヤニャギでは、中央ニャはニャツキ一人だ。
なので今回は、ミヤ以外の猫は同行していなかった。
「がんばってね」
ミヤの控え目な応援だけを受け、ニャツキはパドックへと向かった。
そしてファンに顔見せした後、コースに向かった。
(今日もバッチリ勝って、
俺様こそが最高の猫だということを、
ヒニャタさんに思い知らせてやらねばなりません……!)
肩をいからせて、ニャツキは出走ゲートに入った。
(こいつ、肩に力が入ってんな。
教えてやるべきか?
……まあ良いか。言って聞くとも限らんしな)
ヒナタはニャツキとのコミュニケーションを放棄し、強化呪文を唱えた。
すぐにカウントダウンが始まった。
3、2、1、スタート。
各ニャ一斉に走り出した。
「にゃっ……!」
力みすぎたニャツキは、スタートダッシュに失敗した。
中央集団に飲まれ、彼女は驚きを見せた。
(出遅れた……!?
ヒニャタさんとの合同練習が足りなかったのでしょうか……!?
まあ良いです。
しょせんはBランクレース。
勝敗に関わるほどのミスではありませんから)
余裕綽々。
ニャツキは気を取り直した。
最初の短い直線の先に、左100度のコーナーがあった。
ニャツキはぐんぐんと順位を上げていく。
次に右95度のコーナー。
ニャツキはその先の左カーブで、先頭の茶猫を追い抜いた。
そのとき。
追い抜かれた猫、オオクワ=ミャイアの瞳が輝いた。
「みゃっ!?」
カース攻撃を受け、ニャツキは声を漏らした。
ニャツキの右前足の着地点が、小さな泥沼になっていたのだった。
状態の悪い地面を踏み、ニャツキは減速した。
ミャイアがまたたび(※作者注 ふたたびの意)先頭に立った。
「みゃみゃみゃっ!」
ムカチンと来たニャツキは、負けてたまるものかと再加速した。
そうして追い抜いたところで、また泥沼のカースが来た。
前と同様に泥沼を踏んだニャツキは、ミャイアに追い抜かれてしまった。
「みゃぁ……」
さすがに意気を挫かれたニャツキは、ミャイアの後方に控えた。
カーブの終点に、左60度のコーナーがあった。
それを曲がると、猫たちは長めの直線に入った。
ニャツキのスピードが活きる勝負所だ。
そう判断したニャツキが、念話でヒナタに声をかけた。
(ヒニャタさん!)
(どうした?)
(スキルを! 作戦会議をお願いします!)
(良いけど)
ヒナタはユニークスキル、思考空間を発動した。
ニャツキはヒナタに同調し、思考空間に入場した。
この精神空間の中では、超高速で思考することができる。
スキルの欠点として、二人の姿は裸だった。
ヒナタの裸身がニャツキの瞳に映った。