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「速いよ。あいつは。
俺が知ってる中では、俺の姉さんの次に才能がある。
これからもっと速くなる」
「姉って、キタカゼ=マニャですよね?
俺の姉さんに、そんなに才能があるんですか?」
「俺が言ってるのはミヤねえのほうだが」
「ミヤねえ?」
「マニャねえの妹だよ」
「つまり、そんなでもないってことですか」
「そうは言ってない」
「前のレースは2位でしたよね。Eランクで」
ナオヤがそう言うと、優しげだったヒナタの表情が、真剣さを増した。
「あれは俺のミスだ。次は勝つ」
戦う男の表情で、ヒナタはそう言った。
「お願いします。……楽しくやれてますかね。姉さんは」
「難しい質問だな。それは。
楽しいこともある。けど、勝負の世界だ。
楽しいだけじゃいられない」
戦えば、いつかは敗れる。
敗北は苦しみを生む。
それが勝負の摂理だ。
勝つために努力をする。
苦しい訓練を重ねても、敗れることがある。
そうしてまた、新しい苦しみが生まれる。
かりそめの勝利が、敗北の苦渋を帳消しにしてくれるとも限らない。
のんきに楽しくやっているよ……などとは、ヒナタには言えなかった。
ヒナタの言葉を聞いたナオヤは、遠い雲を見た。
「……無理してないといいんですけど。
姉さんがランニャーになったのは、
たぶん俺のためなんです」
「どういうことだ?」
「貧乏でしょう? うち。
それで俺が、中卒で働こうかなって言ったら、
姉さんがランニャーになるって言い出したんです。
勝って学費を稼ぐって。
その後は、こっちが何を言っても聞かなくて」
「良い姉さんだな」
「向こう見ずですよ。
勝てるかどうかわからないのに。
……どうか姉さんをお願いします」
「ああ。学費くらいは稼いでやるさ」
ヒト姿になったリリスが呼びに来たので、二人は室内に入った。
昼食のメニューはお好み焼きに決まった。
家庭でのお好み焼きといえば、ホットプレートを使うもの。
それがヒナタのイメージだった。
だが貧乏ゆえか、ニャカメグロ家にホットプレートはないらしい。
リリスはフライパンでお好み焼きを焼いた。
それからちゃぶ台を三人で囲み、食事をすることになった。
リニャは猫のまま、床に置いた皿に口をつけた。
(人の姿に戻らないんだ?)
妙に思いつつ、ヒナタは昼食を終えた。
リリスが後片付けを始めた。
手伝ったほうが良いだろうか。
ヒナタはそう考えたが、アパートのキッチンはかなり狭い。
じゃまになるかもしれないと思い、静観することに決めた。
「それじゃあそろそろ行くね」
片づけが終わると、リリスが家族にそう言った。
「うん。またねぇ。キタカゼくん」
リニャはそう言うと、部屋の隅で丸くなってしまった。
リリスよりも先に、ヒナタは外に出た。
遅れてリリスがアパートから出てきた。
ここに来た時と同様、猫の姿になっていた。
一緒に出てきたナオヤが、姉に見送りの言葉をかけた。
「行ってらっしゃい。ねえさん」
「うん。お姉ちゃん勝つから、ちゃんと勉強するんだよ」
「わかってるよ。
キタカゼさんも、道中おきをつけて」
「ああ」
「それじゃ、鞍をお願いします。キタカゼ=ヒナタ」
ヒナタが鞍にまたがった。
操猫を受けるまでもなく、リリスは出発した。
ヒナタは魔術を発動し、空中に氷の道を作った。
「すごい……」
ナオヤが驚きの声を上げた。
去り行くリリスの鞍の上で、ヒナタはナオヤに手を振った。
やがてアパートから遠く離れると、ヒナタが口を開いた。
「良い子だな。弟くんは」
「そうですか? 普通だと思いますけど」
「そうか。普通か。
お母さんは、のんびりとした人だったな」
「昔はもっと元気な人だったんですよ。
病気なんですよ。お母さん。
ねこ無気力症っていう。
お父さんが事故で死んで、それでああなってしまったんです」
猫は人よりも頑丈で、長生きする。
だが人よりも、メンタルの影響を受けやすいと言われている。
強いショックを受けた猫が、生きるための活力を失ってしまう病気。
それがねこ無気力症だ。
「だいじょうぶなのか?
死ぬこともあるって聞いたが」