2の22の1「リリスと家族」
「いや……」
ヒナタは気まずそうにしたが、リリスの態度は陽気だった。
「良いですよ。事実ですから。
貧乏なんです。うち」
アパートの敷地に入ると、ヒナタは鞍から降りた。
リリスは屋外の階段を上がり、ヒナタもそれに続いた。
2階にある一室の前で、リリスはインターホンのスイッチを押した。
「はい」
すぐにドアが開いて、茶髪の少年が姿を見せた。
年齢は……14歳くらいだろうか。
「ただいま。ナオヤ」
リリスが少年に笑みを向けた。
薄桃色の猫の姿を見ると、少年の表情がふっと柔らかくなった。
「おかえり。ねえさん」
それから少年は、やや他人行儀な顔を、ヒナタへと向けてきた。
「……キタカゼ=ヒナタさんですね?
俺はニャカメグロ=ナオヤです。よろしくお願いします」
「ああ。よろしく」
ヒナタは気さくに答えた。
次にリリスが、ナオヤにこう尋ねた。
「お母さんは元気?」
「元気っていうか……まあ、いつもどおりだよ」
「そっか。さ、入ってください。キタカゼ=ヒナタ」
「おじゃましま~す」
ヒナタは遠慮なく中に入った。
そこは1Kの狭い部屋だった。
その片隅に、桃色の大きな物体が見えた。
ネコマタがにゃん体のまま、丸くなって眠っているのだった。
リリスと似ているなとヒナタは思った。
(この人が、ニャカメグロのお母さんか。
けど、どうして猫の姿なんだ?)
リリスは狭い室内を歩き、猫の近くで膝をついた。
そして背中に手を置き、彼女を揺り起こした。
「お母さん。お客さんだよ。起きて」
「みゃぁ?」
リリスの母らしき猫が、目蓋を持ち上げた。
彼女はきょとんと室内を見回すと、やがてヒナタと視線を合わせた。
「どうも。キタカゼ=ヒナタです」
先にヒナタが口を開いた。
次に猫が、ゆったりとした口調でこう言った。
「はぁい。いらっしゃい。
私はぁ、ニャカメグロ=リニャです」
周囲の者を眠りに誘うような、穏やかな挨拶だった。
挨拶を終えたリニャは、また目を閉じてしまった。
すると再びリリスが、彼女を揺り起こした。
「お母さん。お母さん。まだ寝ないで」
「んぅ~」
リニャは気だるげに目を開いた。
「今日はこのキタカゼ=ヒナタに、
お母さんのカースを使って欲しいの」
「うんいいよぉ」
のそのそと怪我人か老人のように、リニャはヒナタに近付いた。
自分は立ったままで良いのだろうか。
そんなことを考えながら、ヒナタはリニャの動向を見守った。
「いくよぉ」
「はい」
リニャがカースを発動した。
するとヒナタの足元に、魔法陣が出現した。
(おお……なんか気持ち良い。
治癒術とは違う感覚があるな)
ヒナタは心地よさに身を委ねた。
対するリニャは、難しい顔を作った。
「ん~……」
「どうしたの? お母さん」
リリスが尋ねた。
「これは私のカースでは、
癒やしきれないかもしれないねぇ。
ごめんねぇ」
「いえ。こちらこそ、
いきなり押しかけてきてすいません」
ねこヒーリングは続いた。
ヒナタは棒立ちのままだが、退屈だとは思わなかった。
体だけではなく、心までが癒やされるような気分だった。
10分ほど後、リニャのカースが終了した。
「ちょっとは効果あるかもしれないから、
来月くらいにまた来ると良いよぉ」
「ありがとうございます」
ヒナタは軽く頭を下げた。
「ありがとう。お母さん。
そうだ、お昼まだでしょ? 何か作るよ」
「すまないねぇ」
それからリリスは、ツンとヒナタにこう言った。
「……着替えるんで、外に行っててもらえます?」
「わかったよ」
ヒナタは外に出た。
その後に続いて、ナオヤも外に出てきた。
「姉の着替えに気を遣うのか?」
「違います。ただ……姉さんのことを聞きたくて」
「何が聞きたい?」
「ランニャーとしてやっていけそうですか?」