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2の21の1「ジョッキーとエゴ」


 リリスは今回のレースで、いちばん速い猫だった。



 それもちょっとやそっとではない。



 頭みっつは抜けて速い猫だった。



 そんな速い猫を勝たせることは、一流のジョッキーならできて当然の仕事だ。



 ヒナタにはできなかった。



 少なくとも今回のレースにおいては、彼は一流だったとは言えないだろう。



(……終わったな)



 ヒナタが鞍上でがっくりしていると、リリスはコースの外に出た。



 ヒナタはリリスから降り、こう言った。



「次はもうちょっと、背の低いジョッキーを探すと良い」



「なっ……!」



 ヒナタは早足で、リリスから離れていった。



 そして装鞍所まで移動した。



「惜しかったね」



 ヒナタを見つけるなり、ミヤが声をかけてきた。



「ああ。悪い。ちょっと一人にしてくれ」



 ヒナタは更衣室に入った。



 そしてすぐにドアを閉めようとした。



 そのとき。



「にゃっ」



「うおっ!?」



 ドアの隙間に、猫の手がねじこまれた。



 猫の手が、ドアを強引に開いた。



 リリスが姿を見せた。



「危ねぇなオイ!?」



 にゅるりと部屋に入ったリリスは、ツンとした顔でこう言った。



「私は猫ですから。


 これくらいのドアは粉々です」



「男子更衣室なんだが? 警察よぶぞ」



 ヒナタは軽い調子で言った。



 舌先の軽さとは裏腹に、彼の表情は重い。



 猫の大きな瞳に、疲れた男の顔が映った。



「何なのですか。その顔は」



「何って……何がだよ?」



 ヒナタは軽く顔を背けた。



 リリスはずいと前に出て、顔の距離を詰めた。



「さっきのレースは、私に非があったはずです。


 私がミスさえしなければ勝てていました。


 それをどうして、何の権利があって、


 自分だけが悪かったみたいな顔をしているのですか」



「おまえがミスしたのも、結局は俺のせいだろ。


 俺がおまえとの信頼関係を


 うまく築けてなかったから、


 おまえの走りにも影響が出たんだ」



 自分が倒れたせいで、リリスのメンタルが乱れた。



 それもジョッキーとしての実力の内だと、ヒナタは疑わなかった。



 そんなヒナタの価値観と、リリスの価値観が対立した。



「違います。


 私のミスは私の責任です。


 かってに自分のせいにしないでいただけますか?


 迷惑です」



 リリスの堂々とした物言いが、ヒナタの語気を弱めた。



「けど……俺が……


 もっとまともなジョッキーだったら……」



「止めてください。


 まだ1回目じゃないですか。


 それに、負けたと言っても2位です。


 そこまで卑下するような結果じゃありません。


 お互いにもっと練習すれば、


 もっと良い結果が出ます。


 次をがんばれば良いじゃないですか」



 どこまでも前向きなリリスの優しさを見て、ヒナタは泣きたくなった。



 もう隠し事はできない。



 そう思ってしまった。



「病気なんだ。俺は」



 真実が、ヒナタの口から漏れた。



「えっ……」



 ぽかんと、リリスのねこ口が開いた。



「生まれつき心臓が悪いんだ。


 手術をしたけど、完全には治らなかった。


 朝もほんとうは寝坊したんじゃない。


 夜に胸が苦しくなって、そのまま倒れてたんだ。


 けどレースを棄権するのが嫌で、


 みんなを騙した」



「待ってください。


 そんな重い病気があっても、


 プロのジョッキーになれるものなんですか?」



 プロのジョッキーならば、どこかで健康診断を受けているはずだ。



 猫を預かるアスリートとして当然の、詳細な検査を。



 ライセンスを得たのがオーストニャリアであっても、それは変わらないだろう。



「まさか……賄賂か何かで健康診断をごまかしたんですか?」



「そんなことはしてない。


 今の俺の病気は原因不明で、


 健康診断にはひっかからない。


 それに年々、良くなってはいたんだ。


 ここ数年は、痛むことはあっても、


 倒れるような発作はなかった。


 治っていってるはずだったんだ。


 なのに、昨日の晩になって急に……」



「どうしてそんなことに?」



「俺が知りてぇよ。そんなの……。


 とにかく、終わりだ。


 今回の負けでハッキリとわかった。


 こんな出来損ないが、プロのジョッキーで居ていいわけがない。


 そうだろ?」



「それで良いんですか? キタカゼ=ヒナタは」



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