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ヒナタとミヤも部屋から出て、レストランに向かった。
リリスにはまだ、ピリピリとした空気が残っていた。
だがヒナタに食ってかかるようなことはなかった。
朝食を終えると、一行はレース場に向かった。
控え室で待機していると、オモリのFランクレースの時間になった。
ニャツキたちは観客席に向かい、オモリに声援を送った。
オモリは着実な勝利を得るため、じっくりと体を仕上げてきていた。
そのかいあり、彼女は1着でゴールを抜けることができた。
ニャツキたちは装鞍所に向かい、勝者であるオモリを出迎えた。
「おめでとうございます。オモリさん」
ねこ姿のオモリに、ニャツキが声をかけた。
「……私、今まで何をやっても、
一番になったことがなかったの。
ありがとう。トレーニャーさん」
「何度でもなれますよ。これからは」
オモリの巨体が、ニャツキにのしかかってきた。
「うみゃ!?」
ニャツキはわざと後ろに倒れ、オモリの抱擁を受け入れた。
それからすぐに、リリスたちの出番となった。
装鞍が終わったリリスの所に、ヒナタが姿を見せた。
「…………」
リリスはツンと顔を背けた。
一緒にオモリを応援した仲だが、仲直りとはいかないらしい。
「俺、がんばるから」
ヒナタは真剣にそう言ったが、リリスは顔の向きを戻さなかった。
「そんなあたりまえのことを言われても困ります」
「……そうか。悪い」
「とっとと乗ってください」
ヒナタはリリスに跨った。
気まずくパドックで過ごし、やがてコースに入った。
リリスが出走ゲートに立つと、ヒナタが口を開いた。
「……ニャカメグロ」
「何ですか?」
「……俺が操猫しても良いんだよな?」
「……何を言っているんですか? あなたは」
「…………」
ヒナタは俯いた。
「そんなのはあたりまえでしょう?
あなたはジョッキーなんですから」
ヒナタは少しだけ目を見開き、短くこう言った。
「そうか」
「しっかりしてくださいよ。まったく」
「悪い。ありがとう」
リリスに見えない位置で、ヒナタは弱気な笑みを浮かべた。
レース開始のカウントダウンが始まった。
ヒナタはスタートダッシュのため、手綱に意識を集中した。
3、2、1、スタート。
魔導ゲートが開かれた。
ヒナタは鋭い反応で、手綱に魔力を走らせた。
リリスはそれにしっかりと答えた。
彼女はそれなりに良いスタートを切り、2番手の位置を走ることになった。
(悪くない位置だ。
今は全体が遅めのペースだ。
まずは前の猫に、ぴったりとついていくぞ)
手綱による走行指示だけでは、猫が不安になるかもしれない。
そう考えたヒナタは、念話で自分の考えを伝えた。
(わかりました)
ヒナタの作戦に、リリスは納得を見せた。
ケンカした腹いせに、わざと作戦に逆らってやろう。
そんな底意地悪いことを考える猫ではないようだ。
ヒナタはリリスの気性に感謝しつつ、ぴったりと先頭ニャを追った。
一行は、右30度のゆるいコーナーに入った。
その先は直線になっていた。
前の猫に付かず離れず。
リリスは走りに集中していった。
集中が高まると、リリスのオーラが変質した。
鋭く、熱く。
研ぎ澄まされた意識と才能の片鱗が、リリスに迫力を与えたのだった。
リリスのプレッシャーが、先頭の猫のしっぽに触れた。
「みゃっ……!?」
押し出されるように、前の猫が急加速を始めた。
(おい!? よせ!)
ジョッキーが、慌てた猫に呼びかけた。
だが猫は止まらず、どんどんと先へと行ってしまった。
それを見た三番手の猫が、先頭を追って加速した。
リリスは追い抜かれ、順位は三番手となった。
それを見て、リリスの集中が切れた。
置いていかれまいと、リリスは前の猫を追おうとした。
(ダメだ)
ヒナタの念が、しっかりとそう言ってきた。
ヒナタは強い操猫で、リリスを抑えようとしていた。
(っ……! どんどん先に行ってしまいますよ……!?
追わなくて良いんですか……!?)
先頭ニャに突き放されることは、猫にとって怖いことだ。
追いかけたくなる気持ちはわかる。
だが気持ちで走っていては、レースは成り立たない。
焦る猫を納得させるのもランニャーの仕事だ。
(明らかなオーバーペースだ。
序盤に脚を使った猫は、ぜったいに潰れる。
いっかい潰れたら、レース中には立て直せない。
あいつらはもうダメだ。
ライバルがふたり脱落したんだ。
俺たちは有利になった。
レースの流れは俺たちに味方している。
何も焦ることはない)