2の19の1「ヒナタと胸の痛み」
「っ……!?」
一瞬ののち、ニャツキは我に返った。
(俺様は……いま何を……?)
担当ニャの大事なレースを前に、自分は何を思ったというのか。
誰よりも、ランニャーの勝ちを願わなければならないのに。
「トレーニャーさん?」
愕然とするニャツキに、猫が声をかけてきた。
「オモリさん……」
現れたのは、同じホテル所属の猫、クライシ=オモリだった。
「どうしたの? ぼーっとして」
「いえ。何でもありません。
それより、明日はレースなのですから、
あまり夜更かしなどをしてはいけませんよ」
……。
一方、ヒナタの部屋。
彼は真剣な顔で、ノートPCと向き合っていた。
そのまま夜は更けていく。
そう思われたのだが……。
「ぐ……!?」
前触れなく、ヒナタは突然に、苦悶の表情を浮かべた。
彼は苦痛がおさまらない様子で、自身の胸を押さえた。
(ウソだろ……?
ずっと落ち着いてたじゃねえかよ……?
どうして……どうして今なんだ……?
俺は……ニャカメグロと……)
ぐっと胸の辺りを掴んだが、それで痛みがおさまるわけでもない。
苦しみは時間と共に増した。
「くっ……ぁ……」
ついには耐え切れなくなり、ヒナタは床に崩れ落ちた。
そしてそのまま意識を手放してしまった。
……翌朝。
ニャツキは規則正しく目覚め、リリスと合流した。
まだ眠そうな彼女を連れ、ニャツキはヒナタの部屋に向かった。
すると部屋の入り口の前に、ミヤとオモリの姿が見えた。
ニャツキはミヤに声をかけた。
「ミヤさん? どうしたのですか?」
「ヒナタが起きてこない」
「む……レースの日に寝坊ですか?
仕方がない人ですね」
「まったくです」
ニャツキとリリスが呆れ顔を見せた。
それからニャツキが、ミヤにこう尋ねた。
「それで、どうするのですか?」
「ホテルニャンに事情を説明して、鍵を持ってきてもらってる」
「なるほど」
やがてホテルニャンが、合鍵を持って現れた。
彼女に鍵を開けてもらい、ニャツキたちは室内に入った。
すると……。
「ヒナタ!?」
ミヤが珍しく、大声を上げた。
床にヒナタが倒れているのが見えたからだ。
「ヒニャタさん……!」
「キタカゼ=ヒナタ……!?」
「…………!」
ミヤを先頭に、ニャツキたちもヒナタに駆け寄った。
ミヤがヒナタの上半身を抱き上げ、彼に声をかけた。
「ヒナタ……ヒナタ……!」
医者を呼ばなくては。
ニャツキがそう考えて行動に出る前に。
ヒナタはぱっちりと目を開けた。
「ん? おはよう。ミヤねえ」
ヒナタの第一声は、なんとものんきな音色だった。
「だいじょうぶなの……!?」
ミヤが確認を取ると、ヒナタは頷いた。
「……ああ。ちょっと寝落ちしたかな」
「寝落ち?」
「ずっとパソコン見てて、それで……」
「信じられません……」
リリスがいつもより低い声を出した。
「ニャカメグロ……」
ヒナタの視線がリリスへと向けられた。
リリスは怒りと悲しみが混ざり合ったような顔で、ヒナタを睨んでいた。
「大切なレースがあるのに、夜更かししたんですか?
あなたは態度は軽薄でも、
競ニャに関してはまじめな人だと思っていたのに……」
「……すまん。言葉もない」
笑ってごまかしたりはせず、ヒナタはまじめに頭を下げた。
「口先だけで謝られても困ります」
重い空気を見て、ニャツキがフォローに入った。
「あの、リリスさん。
ヒニャタさんは、遊んでいたわけではないと思いますよ。
動画で対戦相手の研究をしていて、
それに夢中になってしまったんだと思います」
「それで体調を崩していては、意味がないでしょう」
(それはその通りなのですが……)
「とにかく、レース前にいがみ合っても
良いことはありません。
このことは水に流して、楽しく朝食をいただきましょう」
ニャツキはリリス、オモリを連れて、室外に出て行った。
残されたミヤが、ヒナタを気遣いこう言った。
「ヒナタ。本当にだいじょうぶ?」
「ああ。みんなに迷惑はかけないよ」
「もうかけてるけど?」
「…………」