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(やっとパートニャーができて、
はじめてのレースだ。
俺はニャカメグロには、
ぜんぜん信用してもらえてない。
ここで結果を出せなかったら、
鞍から降ろされるかも。
やっとチャンスが来たっていうのに、
ハヤテの置き物でしかなかったころに、また逆戻りだ。
勝たないと……)
緊張していたのは、恐怖していたのは、リリスだけではなかった。
パートニャーにふさわしい男でありたい。
彼はそのために、強いジョッキーであろうとしていた。
今、彼の隣にパートニャーは居ない。
彼の表情から、弱さが滲み出ていた。
ヒナタはテーブル前の椅子に座った。
そしてノートPCを覗き込んだ。
そこにはリリスの対戦相手の動画が、いくつも保存されていた。
(ちょっとでも対戦相手を研究して、勝率を上げる。
今の俺にできることはそれだけだ)
ヒナタが動画をにらみつけていると、ノックの音が聞こえてきた。
(何だよ? こんな時に?)
彼は軽く苛立つと、ドアのほうへ向かった。
気だるげにドアを開けると、見慣れた猫の姿があった。
「俺様が遊びにきてあげましたよ」
何が楽しいのか。
猫はニコニコと笑っていた。
「帰れ」
「みゃっ!?」
ニャツキを廊下に残したまま、ヒナタは容赦なくドアを閉じた。
「ちょっと! 開けなさい!
せっかく遊びに来てあげたのに、
何なのですかその態度は!?」
荒々しくドアをノックして、ニャツキは喚いた。
しぶしぶと、ヒナタはドアを小さく開けた。
「うるせえな。近所めいわくだぞ」
「あなたのせいですよ。入れてください」
ドアの隙間から、ニャツキはにゅるりと入ってきた。
「ったく……」
ニャツキを放置して、ヒナタは机に向かった。
ニャツキはヒナタの後ろから、ノートPCを覗き込んだ。
「また対戦相手の動画を見ているのですか? 熱心ですね」
「ダメか?」
「ダメとは言いませんけど、
相手はたかが、Eランクのランニャーです。
特別な対策など練らなくても、
良い走りをすることができれば
倒せる相手だと思いますけどね」
「気軽に言ってくれるな」
「天才トレーニャーである俺様が、
才能のある猫を育てているのです。
恐れる要素など微塵もありません。
リリスさんを信じてあげてください」
「……そうだな。
ニャカメグロのことは、俺も信じてるよ」
「でしたら、あまり根を詰めるのはやめて、
リラックスして明日に備えてはどうですか?」
「そうだな」
ヒナタは同意を見せ、ノートPCを閉じた。
「それじゃあゆっくりしたいから、
そろそろ帰ってくれるか?」
「べつに騒がしくするつもりはありませんけど」
「おまえは存在が騒がしいんだよ」
「どういう意味ですか!?」
ニャツキが大声でそう言うと、ヒナタがそれを指摘した。
「ほら騒がしい」
「罠ですか……!?」
「ニャカメグロのことを励ましてやってくれよ。
ちょっと硬くなってるみたいだからな。あいつ」
「……わかりました」
無理に居座るつもりもなかったようで、ニャツキはすなおに退出した。
ニャツキが去ると、ヒナタはドアの鍵を閉めた。
そしてノートPCを開き、また動画を見はじめた。
(ニャカメグロは良い猫だ。
けど、だからこそ、もしあいつが負けたら、
きっと俺のせいだ。
……参ったな。
勝つためだけにジョッキーになったわけじゃないのに、
今は勝つことばかり考えてる。
競ニャってやつは難しい)
「……ハヤテ。おまえに乗ってるときは、
良くも悪くも気楽だったよ」
一方のニャツキは、とぼとぼと廊下を歩いていた。
その表情が暗いのは、部屋から追い出されたことだけが理由ではない。
(明日……ヒニャタさんが走る。
俺様いがいの猫と、レースを……)
「…………レースが中止になれば良いのに」
ニャツキはいつの間にか、そんな声を漏らしていた。