2の18の1「リリスとヒナタのレース前夜」
すぐにニャツキがこう訂正した。
「二人で楽しく買い物をしたのですから、
デートで良いと思うのですけど」
「話をややこしくするんじゃねえよ。
それで、なるべくおまえが気に入るように、
可愛いのを選んでみたつもりなんだが、どうだ?」
淡い色合いのスマートなゴーグルを、リリスはまじまじと観察した。
「……キタカゼ=ヒナタのセンスですか?
もっと可愛いやつは売ってなかったんですかね」
「俺様もアドバイスしましたよ。
ヒニャタさんでは乙女の心はわかりませんからね」
「最高に可愛いです。ありがとうございます」
リリスはにこにこと微笑んだ。
「こいつ……」
ヒナタは一瞬だけ呆れ顔になり、すぐに真顔に戻った。
「それでどうする?
さっそくそのゴーグルで走ってみるか?
いや。もう上がるところだったか」
「そのつもりでしたけど、
せっかくなので、ちょっとくらいは走っても良いですよ。
ただ、鞍がありませんけど」
「それじゃ、レンタルしてくるわ」
ヒナタはリリスに背を向けて、コースの外へと去っていった。
「さて……」
リリスと二人になると、ニャツキが口を開いた。
「せっかくなので、
リリスさんの最新の走りをチェックさせてもらいましょうか」
ニャツキの手が、ねこカメラへと伸びた。
「はい。…………あっ!
待ってください! それは……!」
「恥ずかしがらなくても良いですよ。
俺様はあなたのトレーニャーなのですから」
「あぁぁぁ……!」
相手がニャツキでは、飛びかかってカメラを奪うこともできない。
リリスはその場であわあわすることしかできなかった。
ニャツキは手際よく、ねこカメラの操作を終えた。
リリスの最新の走りが、音声ごと再生された。
『キタカゼ=ヒナタ……キタカゼ=ヒナタ……キタカゼ=ヒナタ……ッ!
キタカゼ=ヒナタアアアアァァァァッ!』
リリスの叫びが周囲に響いた。
「…………」
「…………」
少しの沈黙の後、ニャツキは映像を停止させた。
「聞かなかったことにしましょう」
「うみゃぁぁ……」
リリスが小さくなっていると、ヒナタが鞍を持って戻ってきた。
リリスは憂さ晴らしのため、ヒナタに飛びかかった。
ニャツキは最初のうちは、それを笑って見ていた。
だが急に不機嫌顔になり、リリスをヒナタから引き剥がした。
リリスが落ち着くと、ヒナタは彼女に鞍を装着した。
それからゴーグルを着用させると、ヒナタはリリスに跨った。
コースを何周か走ると、二人はニャツキの所に戻ってきた。
「どうですか? 具合のほうは」
「問題なさそうだな」
「まあ、そうですね」
新しいゴーグルに、問題は見つけられなかった。
そしてゴーグルのおかげで、リリスの走りは改善されたように思えた。
「それでは、その調子でがんばってくださいね」
薄い笑みを浮かべて、ニャツキは二人に背を向けた。
ニャツキの背中に、ヒナタが声をかけた。
「助かった。ありがとな」
彼女は振り返らず、早足で去っていった。
残された二人は、走りの練習を続けた。
レースまではあと数日しかない。
ヒナタはつきっきりで、リリスの練習に付き合った。
そしてレース前日。
カナザワねこフロートのホテル、そのレストラン。
ニャツキ、リリス、オモリ、ミヤ、ヒナタが、食卓を囲んでいた。
食事の合間に、リリスが口を開いた。
「キタカゼ=ヒナタ。
明日はいよいよレースですよ」
「知ってるけど」
ヒナタは雑に返した。
するとリリスはいつものように、彼にツンとした視線を向けた。
「何ですか?
その気の抜けた返事は。
それできちんとジョッキーの仕事ができるのですかね?」
ヒナタは微笑んで答えた。
「そう硬くなるなよ。
だいじょうぶだって。
今の俺たちなら、じゅうぶんに勝ち目はあるさ」
「そうですね。あなたがしくじらなければ」
「ダイジョーブダイジョーブ。任せとけって」
「その言い方が信用できないんですよ」
「どうしろと?」
緊張した様子のリリスに対し、ヒナタは余裕のある態度を続けた。
夕食が終わると、ヒナタは自分の部屋に戻った。
そして室内のソファに腰を下ろした。
食事の時の軽薄な様子とは異なり、その表情は硬くなっていた。
「勝つ……勝つぞ……」
自分に言い聞かせるように、ヒナタはそう呟いた。