2の17の1「リリスと黒いやつ」
「ちょっと!? キタカゼ=ヒナタ!?」
「良いだろ。ホントのことなんだし」
いったい何を考えているのか。
それとも何も考えてはいないのか。
ヒナタはへらへらとした笑みを見せた。
「リリスさん」
ニャツキがリリスを睨んだ。
「う……」
冗談の通じない眼光を受け、リリスは呻き声を上げた。
「下らない嘘をつかれては、
正しい指導に支障をきたすことになりますよ」
言い訳をする気は起きなかったようだ。
リリスはすなおに頭を下げた。
「ごめんなさい……」
「それで? 何が問題なのですか?」
「それがだな……」
縮こまったリリスに代わり、ヒナタがべらべらと事情を話した。
彼の話は簡潔で、過不足がなかった。
不都合な誇張が混ざる様子はない。
それでリリスは、彼が話すままに任せた。
ヒナタの説明が終わると、ニャツキが口を開いた。
「なるほど。恐怖心ですか」
「なんとかならねえか?」
「改善は可能だと思いますよ。
古典的な手法ですが。
後で持ってきますね」
「うん? 任せた」
ニャツキを信用しているのか。
ヒナタは詳しい説明を求めなかった。
ヒナタは食事を終え、自分の部屋に戻った。
そして競ニャの動画を見ていると、部屋のドアがノックされた。
ドアを半開きにすると、奥にニャツキの姿が見えた。
「おまえか」
「はい。俺様です。入れてください」
ヒナタはニャツキを中へ招き、デスク前の椅子に座った。
デスクの上では、ノートPCが開かれている。
それを見て、ニャツキがこう言った。
「またあの動画を見ているのですか?」
「いや。こいつは別件だ」
「何ですか?」
「次のニャカメグロの対戦相手、
ライバルになりそうなやつをチェックしてる」
ニャツキはむっと眉をひそめた。
「俺様のときはそんなことしないくせに」
「必要あるか?」
「ないですけど」
(ないですけど、ないですけど)
自分は最強のランニャーだ。
格下たちを相手するのに、入念な下調べなど必要がない。
たしかにそれは事実なのかもしれない。
そう思ってもニャツキは、もやりとしたものを止められなかった。
「これ」
むすっとした表情で、ニャツキは右手を上げた。
彼女の手が、ヒナタに紙袋を差し出した。
「ん?」
「恐怖心の対策になりそうなものを持ってきましたよ」
「ありがと」
ヒナタは紙袋を受け取った。
そしてさっそく開けると、中のブツを確認した。
「これは……ねこゴーグルか」
紙袋から現れたのは、ねこ用のゴーグルのように見えた。
ゴーグルは一つではなかった。
色も形も違うゴーグルが、いくつも袋に入れられていた。
「はい。視界を限定することで、
猫を走りに集中させる。
昔から使われている、古典的な手です。
ゴーグルの形状や色によって見え方が違うので、
何種類か持ってきました」
「助かる。さっそくあした試してみるよ」
「そうしてください」
そう言うと、ニャツキはベッドに座りこんだ。
「ん? どうした?」
もう用は済んだというのに、帰るつもりはないらしい。
「せっかくなので、この部屋で仕事をしていきます。
気分転換というやつです」
どこから取り出したのか。
ニャツキはタブレットPCを手に取った。
「まあ良いけど」
ヒナタはニャツキを放置して、ノートPCと向かい合った。
ニャツキはごろんと転がって、細いあごを枕に乗せた。
その翌日。
ヒナタはリリスといっしょに練習用コースに向かった。
コースに立ったリリスは、ねこゴーグルを試すことになった。
ゴーグルを装着し、少し走った。
そしてゴーグルを交換し、また少し走った。
全てのゴーグルを試した後、ヒナタはリリスに尋ねた。
「どんな感じだ?」