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すぐにヒナタが、室内から戻ってきた。
二人はロビーに移動した。
ヒナタはテーブルにPCを置き、映像を再生した。
動画ファイルには、ヒナタなりの編集が施してあった。
五頭の猫とリリスの映像が、六つ並べて再生された。
動画をループ再生にして、ヒナタはこう尋ねた。
「どう思う?」
「ん~」
リリスはゆっくりと、一頭の猫を指さした。
「体型で言うと、
この猫がいちばん、私に近い気がしますけど……」
「けど?」
「ちょっと走り方が独特なのが気になりますね」
「たしかに……。
頭が低いのか。この猫。
フブキヤマ=スノウ。けっこう昔の猫みたいだな」
ヒナタの言葉どおり、映像の猫には、頭を下げて走る癖があった。
その走りを見て、リリスはこう感想を漏らした。
「こんなに頭を下げて、走りにくくないんでしょうか?」
「けど、速いぜ」
「そうですね」
「マネしてみるか?」
「はい。
どうせ行き詰ってますからね。
何でも試してみましょう」
二人は練習用コースに移動した。
ヒナタを背に乗せて、リリスは走りはじめた。
ただ走るのではなく、スノウの走りを意識して走った。
頭を下げ、鋭く。
しばらく走った後、恒例の映像チェックの時間になった。
「……前より遅くなってる気がします」
渋みが極まった顔で、リリスがそう言った。
「気がするっていうか、
遅くなってるよな。
なんか腰が引けてる感じだな」
「む……。怖いんですよ。視点が下がると」
「そうか。気持ちの問題なら、走ってれば慣れるだろうさ」
「だと良いですけど……」
二人はまたしばらく走った。
さきほどまでと同様に、スノウの走りを意識して。
夕暮れまで走ったが、あまり良くはならなかった。
「今日はここまでにするか」
「はい」
翌日になると、二人はまたコースを走った。
その翌日も、そのまた翌日も、新しい走りを試し続けた。
「ちっとも良くならないんですけど?」
映像を眺めながら、猫はふてくされた表情を見せた。
「焦るなよ。走りを良くするのは時間がかかるって、
ハヤテのやつも言ってただろ」
「そうですけど、あと10日でレースなんですよ?」
「まあな。どうする?
新しい走りはいったん忘れて、
前の走りでレース用に調整するか?」
「それが良いと思います。
前よりも順位を落とすわけにはいきませんから。
騎乗、お願いします」
「わかった」
レースへの調整のため、リリスは走りを戻していくことにした。
だが……。
「うぅぅ……?」
元に戻したはずの走りを録画で見て、リリスは呻き声を上げた。
「前よりも遅くなってるな」
「妙な走りの練習のせいで……
普通の走り方までおかしくなっています……」
「はっはっは。困ったなぁ」
「困ったなぁ……じゃありませんよ!?
あなたが探してきたビデオでこうなったんですよ!?
どうするんですか!?」
リリスが焦りを見せると、ヒナタは笑みを引っ込めた。
そして真剣な顔で、リリスにこう尋ねた。
「おまえはどうしたい?」
「どうって……。
どうすれば良いっていうんですか……?」
「なんとかして前の走りを思い出せば、
Eランクレースくらいなら勝てるかもしれない。
けどそれは、ただそれだけの話だ。
もっと先を見据えるなら、
次のレースでは勝てなくても、
新しい走りの研究に時間を割くのはアリだ。
だけど今やってる新しい走りが、
必ず実を結ぶとも限らない。
正解はわからない。
おまえがどうしたいかだ。ニャカメグロ」
「私は……」
リリスは悩み、言葉に詰まった。
ヒナタはリリスを急かすことなく、じっと黙って返答を待った。
「もう少し新しい走りを、試してみたいと思います」
「それじゃ、そうするか」
「レースまで時間がありません。
しっかり練習に付き合ってもらいますから、
他の猫を口説く時間はありませんよ」
「望むところだ」
がっつり走りの練習をして、二人はホテルに戻った。
夕食時になると、ニャツキがリリスにこう尋ねてきた。
「リリスさん。
走りの調子はどうですか?」
前より遅くなってます……とは言いづらかったらしい。
リリスは肩身を狭くしてこう答えた。
「その、がんばってます」
するとヒナタが、ざっくりとこう言った。
「あんまり良くねえな」